たとえ今日という日を忘れても ―ソードアート・オンライン― (ページ1)

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――アインクラッド、第52層迷宮区。
今日も相変わらず単身(ｿﾛ)で攻略の為に奥深くまで潜っていた俺は、近くにモンスターの気配が無い事を確認して壁際に座った。
ここからだと、安全地帯は遠い。どうせ休憩なんてすぐだし、隠蔽スキルを発動させれば少しぐらいは平気だろう。

…――全てが始まったあの日から、もう1年近く経つ。
俺は毎日死神の手から逃れ続け、周りを顧みない利己主義っぷりで自己強化を図ってきた。

少し前まで《悪のビーター》などと呼ばれ妬まれていたが、皆が攻略に必死になっていく内に、俺は数少ないソロプレイヤーの中でも目立たない存在になっていった。
暗闇に紛れる黒服を纏う姿は、髪の色も相まって目立たないだろう。今誰かが目の前を通っても、索敵スキルを上昇させていなければ、きっと気付かない。

正直、誰かが通っても気付かないで欲しい、と思っていた。気付いても、話し掛けるな、と。
あの日、唯一の友人をはじまりの街に見捨ててから、そしてギルドを壊滅させてから、俺は誰かといる資格なんか無いんだから。
いつまでも、ソロでいいんだ。

――そう、思った時だった。

遥か右方で、黄緑色の光が瞬いた気がした。
次いで、キイィィン!という甲高い音。そして、それから遅れずに、壁に何かが叩き付けられた音。

誰かがモンスターと戦ってるんだと、最初はそれしか思わなかった。
だけど、次の瞬間、俺は立ち上がりかけた中腰のような姿勢になっていた。
…理由は簡単だ。戦っていると思われるプレイヤーの、呻き声がしたからだ。

黄緑色の光はライトエフェクト、甲高い音はモンスターの剣を弾いた音、叩き付けられたのはモンスター。
…だが、その推察は逆だったらしい。戦っている誰かは、今きっとモンスターに追い詰められている。

立ち上がりかけた姿勢で、俺はピタリと動きを止めた。

…俺に、行って助ける資格はあるのか？
“友人を見捨てたのに”
“ギルドを壊滅させて、自分だけ生き残ったのに”

頭の中に、俺を責め続ける俺自身の声が反響する。それは何度も何度も俺の心を串刺しにし、“行くな”と言っていた。

――なのに、気付けば俺は声が聞こえた方へ駆け出していた。

例え、俺に資格が無くても。
ここで行かなかったら。声の主が死んでしまったら。

俺はまた終わりの無い後悔に苛まれただろうから。