にかちゃんだよ〜とは言えない② (ページ17)

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君との始まり⑦ ページ17

sideむかい

オレがAさんに初めてドキッとしたんは、デビューから少し経って、とある曲の振り入れをした日。

その日の振りがなかなかの難易度で、いつもすっと入るメンバーでさえ苦戦。そうなれば普段一晩寝かせるタイプのオレじゃどうなるかといえば……分かるやろ？

覚えてしまえばそこからの記憶力は自信あるんやけどな、それまでがきついねんな。

特にこの職人集団はみんな覚えるの早いから、関西からこっち来たときはどえらいところに来てしまったと思ったもん。……まあ今もなんやけど。

次に次に進んでいく振り。まだ振りはあるんやけど、すでに脳内がおかしなことになってる。……やばい、なんか出てきそうや。

ちょうどそのタイミングで休憩時間に入った。すぐに部屋を出て、実は行きつけになっている事務所すみっこの階段にそそくさと向かって。

……出来るならメンバーの前で泣きたくないやん。

ただ人がおらんからと声を上げてわんわん泣くのも違うから、頑張って声を押し殺して泣いとったら。

ガチャ

階段への扉を開ける音。ここを使う人はほとんどおらんはずなんやけど。誰か分からんから昼寝のふりや。

徐々に足音が近づいてきて、オレの近くで止まった。……え、何？気にせんでくれ。

「自販機でもう一本当たったのでこれ、置いときますね。」

Aさんの声やった。まだ目が赤いのを忘れて反射的に顔をあげれば、視線がかち合う。オレが泣いてたことに驚いたのか一瞬目を見開いていて。

ペットボトルを差し出されたから直接受け取る。Aさんはそのあと何か言うでもなく、すぐにその場を去ろうとして。思わず声をかけてしまった。

「ちょっと！……なんもせんでええから、座ってくれん？」

オレのそんなワガママに、めっちゃ優しい声でいいですよって返事。そしてちょこんと隣に座ってくれた。

オレが言ったとおり、何か聞いてくるでもなくただ横に座って、持っていたもう一本のペットボトルを飲むAさん。

……そのペットボトル、絶対当たり付きの自販機のやない。わざわざ別で買って持ってきてくれたんだろう。オレがしょぼくれてると気付いて。

その優しさになんかまた涙が出てきそうになる。

「……！今これしか持ってないんですけど。」

それに気付いて、ポケットに入れていたらしいコンビニでもらえるお手拭きを開けて差し出してくれて。

そんな優しくされたら、オレ……もう知らんよ、どうなっても。