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水中花/2P/二代目北斎 ページ7

*
 
 音が鳴らないように細心の注意を払いながら、重量感のある扉を開けた。上擦ったギィという音が真っ直ぐに伸びた暗闇にこだまする。彼女は咄嗟に扉の影になるよう身を低くして数秒固まった。誰も来ないのを確認し、今度は少し勢いをつけて扉を閉めた。

 喉に何かが詰まったような気がして唾を飲み込む。緊張しているのだろう。豊満に施されたフリルのスカートに隠れている肉付きのいい足は、今にも折れそうなナナフシのような枝の如く踏み出す度にカクンカクンと頼りなく彼女の体を支えていた。

 先程までの威勢はどこへ行ったのやら、父親譲りの高い鼻突からは油が浮き母親譲りのドールのような光る翡翠色の瞳の奥を覗けば、未知なる暗闇への恐怖がありありと映し出されている。

 元来人間というものは他の生き物と比べ異様に闇を恐れる。それは一種の防衛本能でありこの先云先年云億年の未来、どんな奇妙奇天烈妙ちんちくりんな進化を遂げようとも変わらないものであろう。

 しかしその如何しようもない誰でも持っている、何より優秀なそれを馬鹿にする者が居た。彼女もその一人であった。

 自分はそんな古臭いものを信じないと勇んで、あたかも世の中の真理であるかのごとく、如何に自分が理性的且つ有能なのかを鼻を高くしながら話すのである。いや、話すから鼻が高くなるのである。

 日本人に鼻が低い人が多いのはそのためか。元来我々日本人は自己プロデュースが下手な傾向がある。良くも悪くも顔や行動に出てしまい、嘘の吐けない正直な草食人なのだ。

 「こんな所に居たら、このパーティードレスまで錆び臭くなっちゃうわ。早く出なきゃ」

 彼女はこう大声で叫んだ。震えた甲高い声は狭い廊下の壁を蹴って、奥へと奥へと進んでいき次第に聞こえなくなった。闇にすっと消えていった己の声が帰ってくるのを待っているかのように、彼女は数秒その場に立ち竦んだ。

 帰ろうと思った。もうこんな所は懲り懲りだと思った。

 それでも彼女は進んだ。一歩々々声を出す前より確実に奥へと歩いた。たまには走ったりもしてみた。スキップをしてみたりもした。それでも、出口は見えなかった。

 出口どころか一片の光も見えやしない。段々空気が冷たくなって行き、とうとう吐いた息が白くなった。幸いにも彼女の来ていたドレスは防寒のため、熱を内に溜めやすい構造と素材にしていたので凍死は一先ず逃れられそうだ。

 空気も一段とカビ臭く薄くなってゆき、息をするだけで胃液が身体中を駆け巡るかのような感覚がした。

その顔面殴っていいですか。/Prolog/水素化リチウム→←超能力者の恋。/ページ2/水素化リチウム



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作者名:文芸部 x他11人 | 作成日時:2017年12月15日 21時

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