海よりも深く (ページ10)

今日:8 hit、昨日:9 hit、合計:21,124 hit

9 ページ10

.

その次の日、どうせ明日は休日だからと、私たちは学校をサボろうと決めた。
怒られるね、なんてふたりで笑い合って。

見慣れない町並み、知り合いのいない場所。
どこかの小説かドラマみたいな状況に胸が高鳴って、一緒にいるのはユンギだから尚更。

野良猫に逃げられたユンギを笑って小突かれたり、海に感動して口を開けてるとこを撮られたり。
怒る私を見るユンギは大口開けて笑ってた。

そこにあったのは、ただただ幸せな時間。
人はああいう瞬間を、幸福だとか青春だとかいうんだと思う。

「楽しかったね」

「寝過ごしてみるもんだな」

「ふふ、そうだね」

電車に乗ると、他に人はいなかった。
撮った写真ふたりで見てたら、ふとユンギが喋るのをやめて、私の名前を呼んだ。

「なに？」

「楽しかったな」

「どうしたの改まって」

「…楽しかった」

視線を落として、まるで噛み締めるみたいにそう言った後、私の手をとって。
緩く絡まる指に、体中を流れる血が沸騰しそうなほど、熱くなった。

それからはずっと無言で手を絡めたまま。
徐々に増えていく乗客に、見慣れた景色に戻っていく窓の外に、悲しくなった。

私の降りる駅を告げるアナウンスが流れる。
降りなきゃ、そう思うのに、どうしてもこの手を離したくなかった。

手を離したら、終わってしまう。

「ユンギ…、あの、」

「ん？」

降りる間際。
立ち上がった私の手と、座ったままのユンギの手が離れるその瞬間に。

「…また、ね」

「気をつけて帰れよ」

ちゃんと素直に、逃げないで。
あなたに好きだと伝えていれば、何かが変わってくれたのだろうか。

なにを考えようが全て憶測の域を出ることはないけれど、それでも私は、考えずにはいられない。

私の一番の幸せと、私の一番の後悔。
それがこの日の出来事だ。

.