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「俺、高野先生がオーベンなら良かった」
4月から後期研修に入る佐野先生が馬鹿みたいな事を言う。
「何言ってるの。私だってまだまだ勉強中の身です。指導医なんて、冗談じゃない」
しかも私は建前上は後期研修も兼ねてはいたが、ドイツに逃げてしまったダメな研修医だった。
「だって、あの一件以来益々きついんすよ」
あの一件・・・。
“老兵は去るのみ事件”とナース達が呼ぶあの一件(笑)。
今月で定年退職される中村先生。
見て学べというのが持論で、あまり指導というものをなさらない。
そのやり方に不満がある佐野先生は、カンファレンスで言ってはいけない事を言ってしまった。
「もっと指導をして下さい。もうお辞めになるからどうでもいいんですか? 老兵は去るのみですか?」
若さというか、傲慢というか。
少しの間、医局でその言葉が流行ってしまったほど。
「俺が悪かったし、ちゃんと謝罪して、もう今はわだかまりはないと思いますけど…」
肩を落とす姿が小さく見える。
「今度指導して下さる井上先生もとても良い先生。厳しいけどね」
「はあー、もう俺、医者辞めたい」
─── 正確に言うと君はまだ医師ではない ───
研修1年目の私が井上先生から言われた言葉。
確かに国家試験を通り、医師の資格はあるものの、臨床経験はゼロに等しい研修医なんて、医師ではない。
なんならベテラン看護師の方が余程頼りになる。
「大丈夫。井上先生に言わせればあなたはまだ医者じゃない(笑)」
「ああ、まあ、確かに」
「私で力になれる事ならなんでも言って? 相談にのるから」
「やばい、ホロッとくる」
もっと知りたい、もっと見たい、もっと必要とされたい。
医師となったからには、病に苦しむ多くの方を救いたい、社会の役に立ちたい。
でも理想と現実のギャップに打ちのめされる日々。
佐野先生を見ていると、何年か前の自分を思い出す。
父はサラリーマン、母は専業主婦。
開業医の家に産まれた訳でも、親族に医者がいた訳でもない。
そんな私が医師という道を目指した時、母は反対した。
キャリアよりも普通の幸せ。
でも父は。
父は、「世の中に要らない仕事はない。なんでもいいよ。お前のやりたい事をやりなさい」と。
昔から私に甘い。
実家に顔を出すと嬉しそうにしている。
もう30を過ぎた娘だというのに。
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馨子(プロフ) - かずさん» かずさん、初めまして。コメントありがとうございます。続き、書きます。もうしばらくお待ち下さいませ。 (2020年10月8日 21時) (レス) id: 3d2bd1be2e (このIDを非表示/違反報告)
かず(プロフ) - たまたま見つけて初めから一気読みしてしまいました!続きをたのしみにしています。 (2020年8月30日 19時) (レス) id: 5b90d9c873 (このIDを非表示/違反報告)
馨子(プロフ) - SARAさん» SARAさん、コメントありがとうございます。更新はします! 中々時間が取れないので超超スロー更新とはなりますが、気長にお待ち下さると嬉しいです。これからもどうぞよろしくお願いいたします。 (2020年5月27日 15時) (レス) id: 3d2bd1be2e (このIDを非表示/違反報告)
SARA - たまたま見つけて読み始めたのですが、このお話大好きです!!もう更新はされないのでしょうか?続きを楽しみにしています! (2020年5月27日 10時) (レス) id: 33418b16ef (このIDを非表示/違反報告)
馨子(プロフ) - みのりんさん» みのりんさん、コメントありがとうございます。久々の更新でしたのでドキドキしました。また、お会いしましょう。 (2020年4月25日 16時) (レス) id: 3d2bd1be2e (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:馨子 | 作成日時:2018年8月25日 11時