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「どうして、僕に・・・」
「きっと兄貴が生きてたら、お前と付き合ってただろうから」
「お兄さんが生きてたら、」
彼は頷いて、お兄さんの話をした
彼は、自分の思い描くお兄さんを演じていたという。お兄さんが生きていたら、きっとこうしただろう、こう思っただろう、それを基準に演じていた
死にたがりの部分も、僕の友人達が亡くなった事への悲哀も、恋人が相次いで亡くなった事にも、僕との事に心を痛めていたのも、全てが本当の事だった
「・・・メシの前にも言ったけど、俺、時々自分が分かんなくなるんだよ。たまに、俺の意識がなくなるんだ」
ふとした時、意識がなくなり、またふとした時に意識が戻る。その時の記憶はあるものの、少しながら怖く感じていたらしい
「ま、俺がいなくなった方が良いんだろうけど。なぁ、零くんもそう思うだろ?」
彼は自分が必要のない人物だと思っているようだった。必要とされているのは、自分ではなくて、自分の兄だと認識していた
実際問題、僕が愛していたのは、彼ではなく兄の方だった
それを踏まえた言葉なのだろう
「・・・俺だって思うよ。兄貴じゃなくて、俺が親父について行けば良かったって。俺が死ねば良かったんだって。分かってんだ、それぐらい。誰も俺なんて、求めてねぇんだし」
彼はブツブツと独り言を話している。僕に向けた独り言ではない。恐らく、彼が彼自身に向けた独り言なんだと思う
「お兄さんの事、本当にお好きなんですね」
「好きだよ。お前に負けないぐらい」
「それはどうも」
そう言って彼は笑うけれど、正直に言って、僕は彼の想いには負けている。想いの強さに優劣をつける訳ではないが、彼が自分の兄を想う心は、次元を越えていると言っても良い
「零くんさ、嘘偽りなく答えてくれ。今のお前は何を望む?俺が兄貴の身代わりに死んでる世界か、このままの世界、俺と出会う前に戻るか、何を望む?どんな願いも一つだけ叶えてやる」
何を血迷ったのか、彼は理解の及ばない事を言い始める
「どんな願いでも、そう言いましたね?」
「ああ。どんな願いもだ」
「では、一つだけ。僕は、貴方の過去の罪が消え、貴方のお兄さんが生存している状態を維持した世界を望みます」
「・・・一つだけじゃなくね」
「一息で言ったので、セーフだと思いますが?」
ボソッと文句を言う彼に言い返せば、溜め息を吐かれた
「じゃあ、叶えてやる。どうなるか知らんがな」
そう言った彼は、耳につけていたピアスを外した。それは、手持ちぶさたになった彼がよくいじっていたものだ
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作者名:空白可能 | 作成日時:2023年3月27日 23時