49 安室side ページ49
「こんにちは」
彼の兄だという男性がドアを開ける音を聞いて、自分も同じように外に出て、昨日の男性に声を掛けた
「こんにちは。それでは」
「折角ですし、下まで一緒に行きましょう?」
「はぁ、まぁ良いですけど・・・」
早々に立ち去ろうとした男性を引き止めて、下まで一緒に行こうと誘えば、良い顔はしなかったが、断られもしなかった
「えーっと、霧花、Aくんのお兄さん、ですよね。何とお呼びすれば良いでしょう?お隣に住んでいるなら、これからも会うでしょうし」
「あー、まぁそうですね。俺の事は、糸杉とでも呼んでください」
「糸杉さん?」
訊き返すと男性は頷いた
「貴方は安室さんですよね。弟から話は聞いてます。聞いてました、と言った方が良いですかね。もう、弟はいませんし」
この人は、彼の死を知っている。公になっていない事を知っていると言う事は、この男性が彼の兄である可能性は高い
しかし、弟の死に対して、兄であるはずの糸杉さんのこの態度、少しも気にしていないような言い方には、苛立ちを覚える
「・・・貴方は弟さんが亡くなったと言うのに、随分と平気そうな顔をしていますね」
「今まで、別々に生きて来たので、そこまで情は湧きません。今だって、血の繋がりがあるというだけで、片付けを頼まれただけですから」
そう言って笑った糸杉さんの胸倉を掴んで、力任せにドアに押し付けていた
「貴方がもっと彼に優しくしていれば、もっと彼と向き合っていれば、傍にいてあげれば、彼は死ななかった・・・!!」
この人の生い立ちも何も知らないのに、言葉だけが先行して、声になってしまう。しかし、怒鳴った僕の事を糸杉さんは、静かに見下ろしただけで、言い返そうとはしなかった
「・・・すみません」
掴んでいた糸杉さんの胸倉を放して、冷静になった頭で謝った
「お気になさらず。他に言いたい事はありますか?」
「特に、無いです・・・」
「そうですか?残念」
そう言った糸杉さんに苛立ち、顔を見たが、糸杉さんの表情は、僕が思っていたものとは違っていた
煽るような笑みを浮かべているのかと思ったが、糸杉さんは儚げな笑みを溢していた
「ど、どうしたんですか?」
「いえ、別に。弟は愛されていたのかなぁ、と思って」
独り言のように糸杉さんは言った
「・・・愛、かは分かりませんが、僕は、好きでしたよ。貴方の弟さんの事」
「そうでしたか。ありがとうございます」
お礼を言って来る糸杉さんは、とても嬉しそうな笑顔を僕に向けていた
―
糸杉(いとすぎ)
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作者名:空白可能 | 作成日時:2020年11月11日 21時