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「ね、こっち」
「今行きますよ」


Aくんに腕を引かれて、大きな水槽の前に立った


「大きいな」
「大きいですね」


ジンベイザメを見上げながら、二人で呟いた


「Aくん、どうして出掛けようと思ったんですか?普段なら言わないのに」


それ以前に、僕達は埋まる事の無い溝が出来ていたはずなのに、それがまるっきり無くなっているようだった


「なんとなくって言うのは、ダメ?」
「理由があるのなら、聞きたいです」
「じゃあ、もう少し後で答える。今は楽しも」
「分かりました」


水族館を見て回り、イルカのショーを見た


「どうぞ」


ベンチに座っているAくんに缶コーヒーを渡し、自分も彼の隣に腰掛けた


「ありがとう」
「楽しかったですか?」
「とっても。良い想い出になった」


彼は缶コーヒーを開けて、一口飲んだ


「これからも、沢山作りましょう」
「あっは、そうして」
「Aくん?」


Aくんらしくもない笑い声に、違和感を覚えて、隣に座っている彼を見た


「どうして出掛けようと思っただったっけ」
「あ、ああ、はい。少し気になってしまって」
「ま、そうだよね」


返事をするAくんは、再び缶コーヒーに口を付けて、コーヒーを飲み干した。空になった缶を僕の隣に置いて、立ち上がり、少し歩いた

その背中を見詰めた


「僕は、今日でいなくなるからだよ」
「なっ、どういう事ですか!!?」


彼の言葉の意味が理解する事が出来なくて、立ち上がって問い掛けた


「落ち着いてってば」
「落ち着けませんよ!!一体どういう意味で、」
「僕は、ずっと考えてたんだよ」


僕の声を遮った彼は、こちらを振り返った


「ずっと考えてた。どう頑張っても、僕は僕にはなれない」
「意味が、分からないです・・・。AくんはAくんでしょう?」
「そうだね、僕は僕だ。でも違う。僕には二年前、友達が死んでしまう前の記憶が無い。いや、楽しい記憶だけが無いんだ」


突然に告げられた事に、戸惑いが隠せない

だけど、記憶が無い、と言われて、どこかやはりそうだったのか、そう思った。彼は覚えている事が少なかった

僕との事、白椿さんとの事、過去の事を疎らにしか覚えていなかった


「僕の記憶にあるのは、嫌な事ばかり。だから、最後に楽しい想い出ぐらい望んでも良いかなって思った」
「Aくん・・・」
「アンタは僕を信じてくれた。一人にしないと言ってくれた。僕はそれだけ良かった」


そう言った彼は、僕に近付いて来た


「・・・後は任せたからね」


僕に触れるだけのキスをした彼は、そう言って、膝から崩れ落ちた

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作者名:空白可能 | 作成日時:2020年3月16日 23時

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