border line #1【羽生誠一】

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「はい、おはよう」
「おはよう」


しばらくしてウチさんがやってきて、その次に羽生さんが事務所へ到着した。コーヒーを淹れにいくその道すがらに、羽生さんは私の頭に手を置いて、ぽんぽんと撫でる。当然、羽生さんにも心配をかけているところだ。


私が今、仮住まいとして使っているのはアバランチの活動の中で被害者を保護するために使っている部屋だ。事務所のすぐ近くにあって便利なこともあって、行き来もずいぶん楽な場所。提案したのは羽生さんで、私は物件探しの間だけそこに身を寄せているところだった。


「ねえねえ、アバランチめっちゃバズってる」
「おぉ」
「羽生ちゃんの正体ね、東大出身の議員の秘書らしいよ」
「ウケんな」
「ふふっ、日本の未来のために立ち上がったんだって」


SNSではすっかりそんなことになっていた。テレビでも取り上げられていたし、話題性は十分だ。


「へえ〜超かっこいいじゃん、今度その設定使うわ」
「いや無理でしょ、汚いもん」
「あはは、羽生さんまた言われてる」
「汚い？だめだよそういうこと言っちゃ。簡単に」


冗談めかして羽生さんがそう返していると、山守さんと西城くんがやってきた。すっかり馴染んでいるように見える西城くんが、山守さんの用意した資料を配ってくれる。

山守さんが言う『黒幕』を引っ張り出すための次のターゲットは、黄月蘭子。黄月ホールディングスの会長だ。さまざまな業界に対して影響力を持っていた。


「で、ここからが本題」


マッキーが1枚の建物の写真を映し出した。悠源館、という名前には聞き覚えがあった。間違いなく父絡みだ。うんざりしてしまう。


「……聞いたことある」
「噂には聞いてたがこれが？」
「表向きは黄月ホールディングスの福利厚生施設。実態は各界のVIPが通う、会員制の高級サロン。会員は歴代の総理大臣を筆頭に、政財界のお偉いさん方ばかり。日本の政治は国会ではなく、悠源館で決まるなんていう噂まである」
「まあ実態は、談合・賄賂・密約、なんでもありの無法地帯ってわけか」
「黄月は悠源館で得たVIPの情報を巧みに利用して、今の地位を築き上げたと言われている。そしてその情報をまとめたものが、通称Kファイル」
「それを裏で指示してんのが大山内閣官房副長官ってわけか」
「えっ？黒幕って官房副長官のことなんですか？」


じゃあ山守さんは大山を引き摺り出すためにこれまでのことをやって来たんだろうか。

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