輝きの音を追って ページ8
その青空の下、寂しそうな顔をした男が立っていた。
「堂々とスマートフォンなんて、ずいぶん豪胆だね。君は慎重なほうだと思っていたけれど」
どこか眠たそうな瞳を猫みたいに細める、紫の髪と空色のメッシュをした男。同学年のそいつには見覚えがあった。
思わず顔を顰める。
「神代類…………」
「おや、知ってくれているのかい? 光栄だね、天才ピアニストさん」
カケラも光栄と思っていなさそうだ。秋の肌寒い空気は体が冷える。中間服で来たことを後悔しつつ、ベストすら着ていない彼を胡乱な目で見ればさらに笑われた。空虚な笑顔だった。
「天才ピアニストって名称は好きじゃないかな。ボクより才能のある人間を知っているから」
「数多の賞を獲って、世界のピアニストから注目されている朱雀家のセリフとは思えないね。いつも不機嫌そうな理由は、それ?」
それ、という台詞と共に視線がスマホに注がれる。リピート再生になっている練習曲がまた最初から始まって、ため息をついた。
「ボクに答える義理があるとでも?」
「不躾だったかな。すまないね」
冷たい秋風が吹き抜ける。少しして、いやと声を上げた。別に不躾ではない。ただ、この輝く音を他人にベタベタと触らせるのが嫌なだけで。
「これは──ここには、ボクが世界で一番素晴らしいと思う音が入ってる」
「それにしては不満げだけれど?」
「ボクの勝手さ。素晴らしいと思い憧れど、これをボクが鳴らすのは無粋で、美しくなかった」
そうだ。ボクは結局、あの音を再現できなかった。天馬司のピアノを。ごく幼い彼の紡いだ音を、世界中から持て囃されて天才だと言われるボクが。
いや──技術的には出来たとしても、それは全く美しくなく、あの感動を呼び起こすには何もかも足りなかった。
神代類は少し考え、そう、とだけ答える。
「それなら、いつでもここに来るといい」
「……聞かないの?」
彼は好奇心が旺盛だと聞いた。こんなに間を持たせることを言えば突っ込んでくるだろうと覚悟していたのに。
拍子抜けしたボクに、神代類は手に持っていたドローンを軽く撫で、グラウンドの方に視線を移した。
「誰にでも、指紋をつけられたくない何かがあるからね。そこにベタベタ触る気はないよ」
僕はただ、皆を笑顔にしたいだけだから──と。彼はじっとグラウンドの、サッカーをして笑い声を上げている男子を見ていた。
(もう昼休みか)
グラウンドの見える場所に腰掛けた背中は、何故かあの時の司に重なった。
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ゆめ(プロフ) - りんごさん» 本当ですね! 訂正しておきました。ご指摘ありがとうございます! (2022年10月25日 7時) (レス) id: cefb73a9d4 (このIDを非表示/違反報告)
りんご - オリ,フラ立ってますよ! (2022年10月25日 6時) (レス) id: 40f7098858 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:文字書きの端くれ | 作成日時:2022年10月25日 0時