ピアノの世界 ページ16
ベリっと引き剥がし、不満そうな声を上げる二人を睨みつけた。
「ボクは! 忙しいの!!」
「で、でも!」
「寂しくなったときに、ご主人様の音を思い返していたいのです。もっとたくさん、曲を教えてくださいませんこと……?」
はぁ? と眉根を寄せる。捨てられる仔犬のような顔をする二人になんだこいつらと戸惑った。
「そんなに長い時間待ったなら、一日待つくらいできるでしょ」
「……へっ」
「え?」
「え? じゃないよ。一体何がしたいわけ?」
双子がポカンと口を開けて、同じ色の目でこちらを見る。どちらかが、また来てくれるの、と口を動かした。
ボクははぁ? と今度は声を上げる。
「来ないと困るんじゃない?」
「そ、そうだけど……!」
「私達の演奏は酷いものでした。ご主人様はあんなにも綺麗に弾けるのに……だからきっと、心も動かせなかったと思って……」
あぁそういえば、そんなこと言ったか。そう、別に二人が困るとか本当はわりとどうでもいい。想いが萎んでなくなるのだって別に良い。
ボクは、天馬司に勝つために青春だってなんだって捧げるのだ、自分の所詮執着が消えたところで何の障害になるものか。自分が消えたところで、この妄執は消えない
だから──それだけでは、ボクがここに来る理由にはならない。
「お前たちの演奏に、心が動かされたんだよ」
「……え?」
「わ、私達の……ですの?」
「うん」
ピアノは技術で弾くものではない。もし彼等の演奏がどれほど上手くても、そこに天馬司の片鱗が無く、いずれ至る境地であると思えばすぐに帰っていた。
ボクが求めているのは、そうじゃないのだ。
「ボクは知りたい。お前たちの音に乗る“心”が。それを持つお前たちのちからが。もともとボクの持っていて、失ったものが」
天馬司の持つ鮮やかさにはきっと及ばない。ボクの持つものはだいたい全部そんなものだ。でもそれでいい。
一度でいいんだ。一度だけでも、あの才能から見える景色が。
世界が数段暗くなる。それは心情的なものでないらしく、ばつんばつんと何かが焼き切れる音がして照明がいくつか落ちた。
「だから寄越せ。お前たちに正しく歌うすべを教えてやるから──」
リンが怯えた顔をする。レンがご主人様、と遠慮がちに声をあげる。哀れな小鳥達。ボクの
「──その『音』を、ボクに寄越せ」
天馬司。ああ、圧倒的で美しい孤高の天才よ。お前に至るためならボクは。
自分自身も踏み躙れるよ。
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ゆめ(プロフ) - りんごさん» 本当ですね! 訂正しておきました。ご指摘ありがとうございます! (2022年10月25日 7時) (レス) id: cefb73a9d4 (このIDを非表示/違反報告)
りんご - オリ,フラ立ってますよ! (2022年10月25日 6時) (レス) id: 40f7098858 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:文字書きの端くれ | 作成日時:2022年10月25日 0時