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思えば兄さんはいつも、叶わない約束をしては儚く笑っていた。
例えば、海にいきたい。
山をみたい。世界を回りたい。
例えば、恋をしたい
愛してみたい。愛されてみたい。
お金も権力も兄さんは人一倍持っていて、だけどそんな望みは何もかも叶わないほど病弱だった。
白い病院服と点滴と、大量の錠剤がなければ一刻も生きられない。
『こんな出来そこないを愛してくれる人は、世界に一人といない。
そう思わないか、ゆづ?』
世界を抱くように、大空に焦がれるように病院の白い天井へ点滴のあとだらけの手をふらふら伸ばす兄さんを見る度に、自分が健康である事を悔いた。
自分が健康でなければ、兄さんと同じくらい体が弱ければ、兄さんは名家である家の中での出来そこないと罵られることはなかったのに。
『ゆづはいい子だ。優しくて聡明で、自慢の弟。
兄様もお前のことが自慢だろうなぁ』
兄さんは世界を見たことがない。大地の色を見たことがない。小さな小さな窓から見えるものしか空も見たことがない。
木も、鳥も、犬も、当たり前のようにみんなが見ている物を見たことがないのだ。
全てのものは、ただの知識上の生物で、ペガサスもネズミもいっしょくた。
『ゆづ、"そら"にういているあの白いのは何だ?』
『雲だよ、兄さん』
『へぇ、あれが!"わたあめ"みたいだなぁ
きっとあまいがするんだろうな』
『はは、甘くはないよ。兄さん甘いって解る?』
『んー、わかんないな。食べたことがない』
兄さんは点滴で食事を摂るから、ご飯を食べたことがない。なんの味も知らないから、よく想像しては内緒で食べに行こうなと約束してくれる。
兄さんのさらに上の兄や、姉にはその事を頑なに言わない。父様たちにも言おうとしない。
まるでそんな他愛のない願いが、罪であると言うように。
『なんだ、解んないのか?』
『ん、うん……』
『いいかゆづー、これは32ページの上から二つ目の公式を当て嵌めるんだ。ごちゃごちゃしていて難しそうに見えるが、存外簡単だぞ』
兄さんは頭がいい。無知ではあるが、馬鹿ではない。無理矢理叩き込まれた物は決して忘れていない。解らないところを教えてくれるのはいつも兄さんだ。
『なぁゆづ……悲しいってなんだ?』
兄さんは感情を知らない。
棺桶に入れられた結香兄さんは、微笑んでいた。
「なんだよ結弦、今日ウッザイなぁ」
「うっせ。……夢を見たんだよ。お前が、結香が死ぬ夢」
「ぶっははははっ!おっまえ僕が簡単に死ぬタマかよ!」
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ちゃっぴー(プロフ) - エスカルゴさん» ありがとうございます!こちらも載せました! (2019年6月5日 20時) (レス) id: 77bb05bd52 (このIDを非表示/違反報告)
エスカルゴ(プロフ) - ちゃっぴーさん» 勿論です!心配をお掛けしてすみません。もう設定したので全体公開にしました! (2019年6月5日 20時) (レス) id: d6c730a35c (このIDを非表示/違反報告)
ちゃっぴー(プロフ) - エスカルゴさん» 返信ありがとうございます!何かあったのかと不安になってつい聞いてしまいました……すみません。見れるようになったらで良いので派生作品欄に載せてもよろしいでしょうか? (2019年6月5日 19時) (レス) id: 77bb05bd52 (このIDを非表示/違反報告)
エスカルゴ(プロフ) - ちゃっぴーさん» あ、今フォントとかの実験中なだけです。すみませんちょっとあぁ言うの苦手で、色々ぽろぽろこぼしちゃいそうだったので…… (2019年6月5日 19時) (レス) id: d6c730a35c (このIDを非表示/違反報告)
ちゃっぴー(プロフ) - エスカルゴさん» 失礼致します。結香様の過去話が友達申請者のみの観覧となっていますが、何か不都合などありましたか? (2019年6月5日 19時) (レス) id: 77bb05bd52 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:エスカルゴ | 作成日時:2019年3月29日 11時