karte 166 −怒りと哀しみ− ページ6
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翔の拳はニブイ音を立てて
俺の顎を捉えた。
人を殴ったのなんて初めてなんだろう。
殴った拳を見つめたまま握りしめ
その痛みにじっと耐えているかのようだ。
そんな翔の姿に
胸の中で何かが疼きだしそうなのを押さえ込み
さらに挑発するような言葉を続ける。
｢…ってぇな……なんだお前？本気なのか？
じゃあ教えてやろうか？
どうすればあの女がよろこぶか…｣
挑発する俺の言葉に
さらに翔の拳が振り上げられた。
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そうだ…
殴れ…
もっと俺を殴れ…
そうしてお前に憎まれれば憎まれるほど
俺は、俺の想いを遂げることに
もう躊躇うこともなくなるんだ…
.
なのに、なのにどうして……
どうしてお前はそんな目で俺を見る……
怒りで見開かれた目は
今にも零れそうなほどの涙を湛え
俺を見つめる。
｢彼女は…この騒ぎの中…ひとり胸を痛めて…
本気で…本気で死のうとしてたんだぞ！！｣
｢だから馬鹿な女だっていってんだ！！｣
…そうだ
あの女は大したことは何もやっちゃいない。
やったことと言えば
俺に昔の噂話を聞かせた事と
あの男のところに封筒を持って行ったこと…
たったそれだけだ。
良心の呵責に苛まれるようなことなんて
何ひとつないんだ。
堪えきれなくなった涙が
翔の頬を伝い
リノリウムの床を濡らす。
｢彼女は…本気で…本気でお前のことを
心配してた…
『あの人を助けて』って
俺に…何度も……
なのにそんな、そんな人の想いを…お前は…！！｣
｢……だから何だっていうんだ？
哀れなあの女に同情しろとでも？｣
"ガツッ！"
再び振り上げられた拳は
俺を通り越し
後ろの壁に鈍い音を立てて打ち付けられた。
その僅かに震える肩が
翔のやり場のない怒りを物語る。
殴れよ！
俺をもっと殴れ！！
そうすれば俺は……
｢…じゃあせいぜいお前が慰めてやれよ。
弱った女心につけ込めばイチコロだぜ？｣
わざと煽るような言葉を投げつける。
それでも翔は俯き肩を震わせるだけで
微動だにしない。
なんでだよ！！
俺はお前に殴られれば殴られるだけ
俺は、俺はもっと…
もっと楽になれるんだ……
なのに…
なのにどうしてお前は……
.
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