日常の、一歩先を【実況者】【短編集】 (ページ3)

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わたしだけの、【ky】ページ3

昔から、練習しているところをひとにみられるのが嫌いだった。
幼いころからピアノを習っているが、自分の満足いく出来になってやっと見せられるというのが常だ。
電子ピアノにイヤホンを刺して練習するたび、母にはわけがわからないという顔をされたけれど。

早朝の音楽室でひとり、ピアノを弾いていた。
____あなたの演奏にはひとの心を動かすだけの力がないわ。
先生に言われたことばが頭をよぎり、指がもつれる。
コンクールのためになんども練習してきた曲なのに、最近になって思うように弾けなくなってしまっていた。

(少なくとも、あのときの演奏は完璧だった。
気持ちだってこもってたはずなのに……どうして)
普段と違う環境で練習すればなにか変わるかと期待していたけれど、そううまくはいかないみたいだ。
もうやめよう、となかば無理やりになっていた演奏を打ち切る。
そっと蓋を閉じて立ち上がった、そのとき。

「すげーー！超うまいじゃん！！」
「ぎゃっ……！？」
真後ろから馬鹿みたいに大きい声がして、わたしは飛び上がった。
振り返れば、やけに目立つ金髪頭がぱちぱちと手をたたいている。
間違いない、同じクラスの清川とかいう男子だ。

(やばい、聞かれてたの、学校でなんてやめておけばよかった、というかなんでこんな時間に……？)
頭の中でいろんなことが飛び交ってくらくらする。
「ありがとう」とも「どうしてここに」とも返せないわたしに、彼は眩しすぎるくらいの笑顔で、

「なあ、明日も来ていい？」

といったのであった。

練習中はすべての音が私だけのもの。
今まで何があっても変わらなかったことが、たった一日で崩れてしまった。本当なら、これ以上関わりたくないはずなのに。

「……うん」

頭で考える前に、勝手に口から滑り落ちていた。
わたしが求める「なにか」を、彼なら持っているような気がした。