・ ページ4
side Taiga
・
手指消毒をしてから入るようにと看護師さんに言われ，アルコール消毒をする。
「…集中治療室って，…僕の面会，大丈夫なんですか？」
ふと過ぎった疑問を口にする。
普通，こういうのって家族だけではないのだろうか。
ただの病室であればともかく，集中治療室だ。他人が入っていい場所ではない気がする。
「本来は原則家族だけ，とさせていただいてるんですけどね。北斗くんが，もし先生が来たら入れてほしいって言ってたので。ちゃんとご家族の許可も取ってますから，どうぞお入りください」
「そっか…そうなんですね」
松村くんが俺との面会を望んでくれている。
そう思ったら，なぜか泣きそうになった。
扉を開けてくれて，看護師さんが「ちょっと待っててくださいね」とカーテンの内側に入る。
「北斗くん，先生来たよ」
「ほんとですか，…会いたいです」
そんな会話が聞こえてくる。
松村くんの声の弱々しさに，なんだかひどく不安になった。
出てきた看護師さんに「どうぞ」とカーテンの中に促される。
深呼吸してから，カーテンを開けて中に入った。
「松村くん」
「……あ，先生」
松村くんはベッドの上でカニューレをして，ベッドに横たわっていた。
ルーチェに似た猫のぬいぐるみが枕元に置かれていて，テーブルの上にはルノワールの画集と，俺が描いた絵本があった。
「…先生，元気？」
「…うん。…今のところは」
「よかった。…ふふ，まだ，生きてます」
松村くんは弱々しく笑う。
俺の手に触れた松村くんの手は冷たくて，以前よりも細くなっている気がした。
「……前より，死ぬの，怖くないです」
「…え」
「お母さんも…ルーチェも，待ってるから，」
胸の奥がギュッと，切なくなる。
この子は，きっと今，誰よりも強く生きている。
「でも…生きるの，諦めてない，ですよ」
「松村くん」
「……生きてたい。……先生の，次の絵本，読みたいです」
松村くんの，小さな小さな，それでいて何よりも大きな叫びだった。
俺は松村くんの手を，そっと握った。
「……先生」
「ん？」
「…ルノワールの絵は，幸せの絵，なんでしょう？」
「…そうだね」
ルノワールは，綺麗で幸せな絵を描き続けた画家。
「絵は好ましく，楽しく，きれいなものでなければいけない。人生には不愉快なことがたくさんある。これ以上、不愉快なものをつくる必要はない」と語っていたらしい。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 238人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：chapi
| 作成日時：2023年9月13日 21時
