ブルー・モーメント (ページ35)

今日:6 hit、昨日:87 hit、合計:96,612 hit

・ページ35

side You
・

面会時間のギリギリまでいようと思ったのに，「明日も仕事でしょ，ご飯も食べなきゃないんだから帰りなよ」と大我に言われて19時には病院を出た。
麻婆豆腐くらいなら作れるかな，と思っていたけれど，自分のためだけに作るのも億劫で，コンビニでパスタを買って帰った。

アパートに帰ったら，即日発送だったのか，今朝注文した医療用帽子が届いていた。明日持って行ってあげなくては。

実家の家族に電話して，大我の病気と手術について告げた。電話には母が出た。健康体で，病気と(今のところ)縁遠い母にも，脳腫瘍が重大な病気であることは伝わったらしい。大我くんは大丈夫なの，と何度も訊かれた。分からないけど，今ところ右手と右脚の痺れだけ，と答えた。

大我のいない部屋は，やはり寂しい。
彼の絵本作家という仕事もあるのか，彼がいない部屋は色彩を失ってしまったような切なさがある。

お腹は空いているはずなのに，買ってきたトマトソースパスタがこれ以上胃に入らないような気がして，半分で蓋を閉めた。明日の朝ご飯に回してしまおう。

メイクを落として，シャワーを浴びて，ベッドに入った。
シーツからは，大我の匂いがする。
1人で寝るには広すぎるベッドに身を投げ出したら，なんだか不安になって泣きそうになった。必ず戻ってくるはずなのに，なんでこんなにおセンチになるんだろう。

そのとき，スマートフォンが小さく震えた。
メッセージを受信しました，とディスプレイに表示されて，『大我』の名前。

『ちゃんと夜ご飯食べた？』

それだけのメッセージが送られてきていた。

『食べたよ，コンビニのパスタ』
『麻婆豆腐じゃなかったの？』
『1人分って思ったら億劫になった』
『なるほど笑』

寂しさを埋めるように，電子化された言葉を交わす。

『今日は疲れたでしょ，ゆっくり寝てね』
『ありがとう，大我もね』
『うん，おやすみ』

よく分からないゆるいタッチの生物が『good night』と手を振っているスタンプを送る。大我からは，おやすみ，と書かれたうさぎのスタンプが返ってきた。