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「この猫は、俺だけのものやないから。
俺の、恋人の猫やから。」
先ほど私の膝の上にいた白猫は、いつの間にか永瀬の膝の上に移動している。
撫でていたときは分からなかったが、盲目の猫だった。
「どの猫?この白い猫?」
「ちがう。ぜんぶ。全部の猫が、恋人の猫やねん」
「恋人って?」
「俺の恋人。今、どっかに行ってる。」
「どっかに行ってる?…それは、人間なん?」
「当たり前やろ。なに言うてんねん。」
永瀬は私を見て驚いたように笑った。
私の言葉や行動をからかうときの、少し意地悪で楽しそうな笑顔だった。
「どっかに行ってるっていうのは?」
「分からん。どっか。ある日急におらんなった。」
「一緒に暮らしてたん?」
「そう。でも、おらんくなった」
「なんで?」
「分からん。手紙もなかったし、ケータイも繋がらんかった。」
永瀬の手には次から次へと猫が集まってきて、次は自分だと言うように頭や背中をすり寄せた。
でも永瀬は不思議なことに、どの猫も抱き上げなかった。
「おらへんくなったんは、いつくらいの話?」
「3年前くらい。」
「ずっと待ってんの?永瀬は。その人のこと。」
「うん。待ってる。」
永瀬は、あどけない子供のような顔をしている。
ただただ、親の帰りを待ち続ける、純真無垢な子供の顔。
私は永瀬に買ってきたコンビニの袋を渡した。
蕎麦の容器を袋から出すと、永瀬はすぐに蓋を開けて食べ始める。
おなかがすいていたのかもしれない。
「おいしい?」
「おん。Aもなんか食べる?」
ううんと断って、代わりに訊ねた。
「永瀬、その人がもし帰ってこんかったらどうするん」
永瀬は蕎麦をすすりながら、難しい問題を出された子供のような顔をした。
「分からん。死ぬか、猫もろとも。」
「死ぬの」
「けど死んだ後に帰ってこられたらたまらんな。やから、分からん。」
こんな問題、と投げ出すように、もしくは答えが分かったみたいに永瀬は笑った。
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ふてぃか(プロフ) - 忙しいと思いますが更新待ってます ! (2019年8月16日 17時) (レス) id: 6381a07ad2 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:琉叶 | 作成日時:2019年3月24日 1時