恋を刻んだ僕たちは、〈Sho,Hirano・Ren,Nagase〉 (ページ8)

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「Aさん、」

「平野紫耀」に自分の名前を呼ばれたとき、彼は私の名前をさん付けで呼ぶのかと少し驚いた。

永瀬のように、気安く、軽く、呼び捨てられたい、とおかしなことを思った。

「はい、」

「今日はきてくれて、ほんまにありがとう。なんか、コーエイでした」

アットウテキ、と言ったときと同じように、それはカタカナだった。

音は知っているけれど、どんな風に書くのかはわからない。
使ったのは２回目で覚えたてなんです、というように彼は言った。

「あの、俺、ほんまに、Aさんの、あの絵、めっちゃ好きで」

「あの絵？よひら？」

「そう、それ。あれ、売ってはないんですか」

私は不意に、泣き出しそうになった。
あれを欲しがってくれている、という事実に、膝を抱えてしまいたくなる。

欲しがってくれているのはあの絵であって、私自身ではないと言い聞かせなければ、いつか走り出してしまいそうだった。

私は震えそうな声を必死に抑えて、低く、唸るように返した。

顔も名前も知らない人よりも、私は「平野紫耀」にあの絵を持っていて欲しかった。

幼い頃の私自身を。

「あの絵、もう別の人に売ってしもて今手元にないんです。けど、取り戻します、」

「取り戻す？え、どうやって？」

「交渉して。電話します」

「え、そんなんせなだめやったら、悪いんで、」

「ううん、私が平野さんに持っててほしいから」

「俺、絵のこととか全然分からへんのに、すいません、」

すいません、すいません、と彼は何度も言った。

それでも「やっぱりいりません」とは言わない「平野紫耀」が、やっぱり嬉しかった。

「絵、手元に戻ってきたら、連絡します」

「あ、いいですか、ありがとう。あ、待って、連絡先知ってましたっけ？」

連絡します、と言いながら、私はすっかり使い物になっていない。

いつも永瀬を通して彼と繋がっていたから、連絡先なんて何ひとつ知らない。

私は「平野紫耀」についてこのときはまだ、何も知らなかった。

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