はの段-六 ページ41
紅葉を溶かし込んだ様に鮮やかな赤髪に、黄昏を切り取った琥珀色の双眸。夏風の聲音は心地善く届き、顔貌に若干残る幼さと相俟って可愛らしさを助長させる。
そんな彼の隣に立つ男性は、柘榴の眸に煤竹の長髪を三つ編みに纏めた美人さん。西方訛の聲色は何処にでも溶けて了いそうでいて、雨風すら諌めてしまう白雲の様。
坂口安吾先生に気軽と声を掛ける二人。
それが、私の歯車を回す始まりだったのだと思う。
「なあA、そろそろ読ませろって!」
「恥ずかしいから燃やしたの。もう無いよ」
かの有名な無頼派の作家三羽烏だと気付くのは直ぐだった。
湯浴みを終えて自室へ戻った私にしがみ付き駄々を捏ねる修治に溜息を吐きながら、乾かした髪へと櫛を入れる。
「ならもう一回書けば善いだろ」
「...自分の追悼文なんて読みたい?」
数十年前に偶然だか必然だかで出逢って了った事実と、遠慮等無い彼等の性分の所為でずるずると付き合い何時の間にやら友人と呼べる席に座っていた烏達。
あの日は、三十一歳の誕生日だった。
生誕の贈呈品なのだとしたら、今思えば随分豪勢な贈り物だ。
「オダサクのは残ってるじゃん!何で俺のは燃やしちゃう訳!?」
長椅子に座り、開いた長い脚の間に座らせた私へ縫いぐるみを扱う様に抱き着く彼は、一見すると恋仲を可愛がる好青年だがその実無理難題な我儘を零す童子のよう。
「あれは安吾が再編したやつでしょ。原本は海に撒いたんだから」
遺された友人達へ己の心境を吐露するには酷だと。然し溜め込む事は出来ない脆い私は、追悼文という形で筆を執った。
それを世の中に出す心算は無かったが、記憶力の善い炳吾の所為で作之助へ宛てた駄文は陽を浴びて了う。
「何なら聞かせて遣ろうか、太宰」
今迄黙って『反転時計』を読んでいた炳吾が腰掛けた寝台から口を開く。
「え、何で安吾が知ってんだよ!」
「あー駄目だめ、教えたら眼鏡にマヨネーズ塗るよ」
「何でって、ベソかくAがぶっ倒れた時に看病しに行ったからだよ」
「人が魘されてる横で勝手に読むんだもん。有り得ない。本当に不粋なんだから」
「お、皆様お揃いやん。今から庭で釣りせえへん?」
「よし、今晩は鍋で決まりだな!」
「いや...河童が釣れたらどうすんの?」
「何云ってんだよ!あれは鱷だって!」
「おいA、河童鍋かワニ鍋ならどっち食いたい?」
「......豆乳鍋」
今日も烏達が元気で何よりだ。
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巫子(プロフ) - な、何とも素敵な小説……!色々細かく書かれていて凄いと思います。更新待ってます! (2018年3月3日 7時) (レス) id: c9541627c7 (このIDを非表示/違反報告)
雪兎。(プロフ) - 三毛猫さん» お褒めの言葉ありがとうございます!細々とではありますが、緩く綴っていく所存ですので気長にお付き合い頂けると幸いです。 (2017年11月18日 20時) (レス) id: 3bc750f878 (このIDを非表示/違反報告)
三毛猫 - 語弊力がすごい…!更新頑張ってください! (2017年11月18日 16時) (レス) id: fa582e3f2e (このIDを非表示/違反報告)
雪兎。(プロフ) - 猫亮さん» 猫亮様:感想下さりありがとうございます!そう言って頂けるととても嬉しいです..!励みにさせて頂きます。御恥ずかしながら全くの創作物でして、意味が伝わりにくい場が多々あるかと思いますが、その際は御遠慮なく御指摘下さい...。 (2017年11月18日 10時) (レス) id: 3bc750f878 (このIDを非表示/違反報告)
猫亮 - 面白いです!文章も粋ですし、読んでいて引き込まれます。花染先生の詩や遺書等は何か参考になされたのですか?続き、楽しみにしています! (2017年11月15日 2時) (レス) id: 33b0ed1287 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:雪兎。 | 作成日時:2017年11月2日 4時