53. 社長の手 ページ23
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「あっちの波の出るプールに行きません？」
もう一回、そう言うと
社長はようやくこっちを向いてくれた。
殺し屋みたいな眼差しを
カップルに向けていた社長が
『とりあえず行ってみるか』そう言うと
なんとか、目つきの悪い人レベルにまで
眼差しが落ち着いてくれた。
『滑るから、気をつけろよ』
社長が、当たり前のように私に手を差し出す。
あまりに自然に手を出されたから
なんだかその手を取らなきゃ
失礼なような気もするし……
子供扱いされてるような気もするし……
『どうした？』
私が戸惑ってるなんて気づいてない様子で
『ほら』とまた手を出してくる。
ここで手を取らないのは
やっぱり、失礼な気がして
社長の好意をありがたく受けることにした。
「ありがとうございます…」
差し出された手を握ると
軽く腕を引かれながら
私は椅子から立ち上がった。
だけど、立ち上がったにも関わらず
その手は私の手を握ったまま離さない。
社長は反対側の肩に大きな浮き輪をかかえ
私の手を握ったまま歩き出した。
「……」
手を引かれるままに歩きだしたけど
私の心の中は動揺しまくり……。
男の人と手をつないだなんて
小学校のフォークダンス以来だよ…
大丈夫かな…
ヘンに見えてないかなぁ…
飼育員に連れられて歩くチンパンジーに
見えてないよね…
あまりにも当たり前のように
私の手を引く社長の手は大きくて…
私の手なんて
すっぽりおさまってしまってる。
社長があまりにも自然に
手を繋ぐから、振り払うことさえできない。
だって、その手を振り払えば
私が一人で意識して騒いでるみたいだし…
顔が少しポカポカして火照るのは
きっと、このプールに差し込む
暖かな日差しのせいだ。
『ほら脱げよ』
「え？」
急に足を止めた社長が
私を振り向くとそう言った。
『プール行くんだろ？』と
繋がれた手があっさりと離されて…
「あ、はい、ちょっと待ってください」
急に離された手が
少しの間、行き場をなくし
私はそれを誤魔化すように
パーカーのファスナーをひいた。
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作者名：ミイ
| 作成日時：2015年12月29日 23時
