雀の囀り。燕のジレンマ。【伏黒甚爾】 (ページ45)

今日:21 hit、昨日:7 hit、合計:38,245 hit

45:その後(7) ページ45

首を回した方向から視線をズラせば、厨房の出入口に直哉が立っていた。それから俺が直哉に気付いたと分かった途端に、しんっと厨房内が静まり返る。

これは前述の通り。今この場に居る殆どは、しぶとく俺を支持する派閥に近い団体。その頂上に君臨するのは誰か知らない女中でも、意図せず名目上で傍らを支えているのは紛うことなき俺。

この世には変わった趣味の方も居られるもので、何故に土俵に上がらされたのかは、俺の理解の範疇はとうに超えた。ただ、今の俺に要求されているのは、

｢今晩は直哉様｣
｢今晩はA…。お姉方も｣

もじもじと子供らしく灰汁のない。直哉が人に見せたいと思う。いじらしく、子供らしい直哉様を直哉に演じさせる事。そして俺は今までの会話の全てに裏、裏、裏があると全部に慣れて辟易しても、直哉と皆が望む俺を演じる事。

今も直哉が両手に持った土産物の紙袋を、皺が寄るほどに握りしめる行為を見せ付けられても、後ろで悲鳴が聞こえたけれども俺は何の感想も抱かない。寧ろ俺が下手を打つと直哉の機嫌を損ねて、既に面倒事で手一杯なのに後々の面倒事を増やす。

｢…如何かされましたか？｣
｢お土産買うてきてん、渡しに｣

ずいっと伸ばされた手には、はっきりと内訳を言えば女中が喜ぶと分かった上での大量の貢ぎ物。それを俺が代表して受け取る事を望まれた事は理解してる。そして、今後の俺の発言が一種の起爆剤になる事も。

｢有難う御座います。後ほど、皆で頂戴致しますね｣
｢仕事の邪魔して、ごめんちゃい｣

突如か再びか分からない厨房内を劈く爆裂音。屋敷の外にも聞こえるだろうデカい、待っていましたと言う甲高い悲鳴。俺からすれば、晴天の霹靂とは慣れ親しんだるこの瞬間。

人当たりの良さそうな、笑顔を貼り付けた直哉の処世術は一体誰から何処で教わったのやら、皆目見当もつかない。

｢有難う御座います！直哉様！｣
｢どういたしまして〜｣
｢あと少し頑張りましょ！｣
｢喜んで貰ろて〜、なA｣

何も言葉を返す必要も有るまいと、俺も笑顔を貼り付けて頷いて返事をした。

屋敷の人達は直哉の幼少期を知っていて、少々扱いに困っている。なぜ腫れ物扱いなのか理由は簡単で、ご子息様の血筋に加えて術式持ち。までなら良かったけれども、性格に難が有る。高慢な態度や男尊女卑の見本になる発言。

そこで例の如く俺を緩衝材の役割で直哉に。そうなった時にだけ直哉の人当たりが良くなるのは、見ていて末恐ろしい物がある。