34:空気より透明な(5) ページ34
｢…趣味じゃねぇって｣
｢な…ら。殺して｣
重たい溜息が聞こえる。近づいたのを何となく感じる。背中を掴まれて床に引き摺り倒される。
｢(どうでもいい)｣
このまま待ってれば全てが楽になる。もう鼻先が触れる程の距離に甚爾。その瞳の奥。酷く歪んだ笑みを絶やさない俺が再び。
｢(キスで魔法を解いて。って)｣
｢何回も言わせんな。クソッたれ｣
薄い唇が優しく触れたその瞬間。停滞した脳に何かが流れ混む感覚。そして、走馬灯の様に甚爾と過ごした時間が脳内を駆け巡る。この時、その時、あの時、
｢(死ぬ瞬間に…人間だって)｣
どの時。
自分自身に問いかける。それならば、如何するべきか。少なくとも甚爾は俺を人だと認めてる。人は産まれながらに人だと肯定してくれた。でも、俺は人で人で無し。だから猿だと表現された。
“術師にあらずんば人にあらず”
そもそも前提条件を覆さないと、俺は人間だと認められない。ともなれば整える。俺の成就とすべき事。
｢(此岸(史眼)から希(望)むは彼岸(悲願)へ至る事)｣
その為ならば何だってやる。ともなれば整える。三匹雀の手毬歌と掛け今までやって来た事。
｢(枡(マス)で量(謀)って漏斗(冗語)で飲んで)｣
それが怖くて嫌でも今まで我慢出来たのなら、今この場で甚爾の手を汚して死ぬ位なら、何かに命を掛けて俺の死に何か意味を持たせる事が出来るはず。
ただ、今は深呼吸。
｢……胸、貸して｣
｢ハッ…時間掛かったな｣
｢もう、ケツより…頭の中が。グチャグチャ｣
やっと思考の海から急浮上、初めて見る甚爾の心配そうな表情がこの目に映った。まだ上手く囀れそうもないけれど、きっと俺の部屋に居る事には意味がある。
｢伝わったか？｣
｢…うん。助かった｣
｢鋏は絶対に使うなよ｣
連想ゲーム。求められる答えは何となく、何を示されて語れば良いのかは理解出来る。そう言えば俺はまた恩恵を享受した。
｢…話し疲れた｣
｢お前が？｣
｢…言葉も垂れ流しって？｣
暖かい体温と少し硬い感触。穏やかな声に乗った、ぶっきらぼうで優しい言葉。俺はもうひたすら感謝して幸せを祈るしかない。
｢…心境と掛けて、美味しい酒と解く｣
｢心は？｣
｢…産まれて来てくれて、有難う。甚爾(杜氏)｣
｢……受け取っとく｣
どうやら、そろそろ。もしかして。甚爾が居なくなるのは近い日か、だから居るのか、これは別れの挨拶か。
｢("
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作者名：ゆきみ大福 | 作者ホームページ：http://uranai.nosv.org/u.php/hp/mutsuki159/
作成日時：2021年6月12日 11時
