【中編小説】タコは彼を恋人にしたい (ページ2)

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monologue 2 ページ2

初対面の相手にあまり名前を教えるのは好きではないが僕を助けてくれたことに変わりはない。

名前くらい名乗るのが礼儀だろう。

『アズール。よろしくね』

また牙を見せながら笑う男。
スっと自然に前へ出される手は黒い革手袋をしていた。

名も名乗らずに握手を求めるとは少し常識が無いのでは？

「貴方も名乗ったらどうです？」

『あ、そっか。オレはA。A・バンシー』

A・バンシー。

僕を助けてくれたので覚えておくことにしよう。
まぁサバナクローとオクタヴィネルではあまり会うことも無いだろうが。

『それよりアズール、綺麗な顔してるな。さすが人魚』

「なっ！！」

Aは軽く腰を曲げて僕のフードを覗き込んできた。それに加えて“綺麗”と言う僕に馴染みのない言葉をかけてくる。

『…？眉間に皺よってるけど、どうしたの？』

「貴方が綺麗とか言うからです！」

『綺麗なものに綺麗って言うのは当たり前だろ？』

Aは先程と同じく耳を垂れさせさも当然かのように言った。
なるほど。この男は俗に言う天然タラシだな。

僕が雌ならこの言葉で一喜一憂してただろう。

「貴方こそ顔を見せ……」

『っ』

フードを持ち上げようとした手を伸ばせば素早く交わされた。

どこか慌ててる様子だった。

『あー…ごめん』

このフード大きくて、と続けるAは自分でフードを少し上へずらした。

僕はその顔を見て言葉が出なくなる。

耳と同じ真っ黒な前髪は少し長めで目にかかっていた。
そこから覗く目は猫目でまるで宝石の様に綺麗な金色。

まるで捕食された様な感覚を感じながらも、目を離せないくらい整った顔立ちに思わず息を呑んだ。

よくこの顔を持っておきながら僕に綺麗だなんて言ったものだ。

『…そろそろ式典終わりそうだなぁ。オレ、友達の所に移るから……またいつか会おう、アズール』

するとAは直ぐにフードを被り直し先程と同じ口元しか見えなくなった。

「そ、そうですね。また…」

その言葉に小さく笑いながら手を振ったAはそのまま人の間をぬって行ってしまう。

その後も僕は、Aの顔が忘れられなかった。
それと同時にAを思う度、感じたことの無い感情と上がる心拍数に僕は困惑した。

これが僕とAの出会い。

この感情が特別なものと言うのに気づいたのはそれから数日してからだった。