叡智の門は開かれない_2 (ページ27)

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物不語ページ27

これは、そんな笑い飛ばされる「今」には語り継がれなかった、一度限りのお話。

＊

「逃げないのね」
　この家に三人が集まるのはいつぶりかしら、とふと貴香は思い返す。一人前のリブレリーア。鴇家の最高傑作。誕生日にパン、と鳴らされるクラッカーが大好きだった。紙テープにきらきら光る小さな破片、円錐型の口から無限に広がる物語のようで。
「――ああ、違った。お前は『逃げられない』んだ」
　しかしいま彼女の目前にあるのは、鉛玉の込められた無機質な銃口。それを前に、貴香は顔色一つ変えず、いつものように穏やかな笑みをたたえていた。
「私には逃げる理由がないわ。だってもう、全部手に入れたもの」
「自分の足で満足に歩けない身の上でか？」
　皮肉でも何でもない、まるで子供が言うような素直な疑問といった様子で父親は問うた。本当に不思議で仕方がないんだろう、と貴香は思った。より賢く。より名誉を。より知識を。より強く。より優秀に。彼らの人生は、止まることなく常に前だけを見て進み続けるようなものだったのに違いない。それ以外の人生はきっと、失敗以外の何物でもないとしか考えられないのだろう。
「ええ。全部手にいれたわ。だから私はこの家に帰って来られたし、青い鳥を見つけられたのよ」
　そう彼女が言うと、困ったように母は笑った。この人たちには見えていないんだろう、と貴香は静かに二人を見る。私たちは同じものを見ているとは限らない。見ていたとしても、同じ名前を付けるとは限らない。

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