55:最後の修行_5 ページ10
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午後になり、みんなが丸太を担ぎ始めた。
私は時を見計らって、岩を押す訓練に取り掛かる。
「あ゙あ゙あ゙あ゙……!!」
どれだけ踏ん張っても足の方が下がってしまって押し負ける。
下駄の鼻緒が切れて、足が土に埋もれそうになる。
このまま無闇矢鱈に押しても、きっと先に進めない。
(あれは……)
帰っていく人がいる。
悲鳴嶼さんの稽古は辞めたいと思ったら、いつでも辞めて山を下りていいらしい。
この訓練は山の中だからこそできる過酷で辛い物ばかりだ。いつもやるようなものでは無い為、普通の隊士からしたらやりづらくて堪らないだろう。今までの直接刀を交えて戦う稽古のほうが、実践と似たような感覚でやればいいから挫けずにできることもできた。
ここはある意味、心の稽古場でもある。
どんなに先が見えなくても、挫けずに、この辛い訓練に耐えられるのか。どれだけ自分の力を高めるために、諦めずに努力できるのか。
この山を下りていく人たちは、鬼に対してその程度の心意気しか無かった人間たちなのだ。
「くぁ゙ぁ゙ぁ゙!!」
突然離れた所から叫び声が聞こえてきた。
声のする方へと行ってみると、少し離れた所で岩を押している夏香を見つけた。
「岩が動いてる……」
「ァ゙ァ゙ァ゙ア゙ァ゙ア゙!!」
ゆっくりだが、確かに岩が進んでいる。
それに続くように土が削れて道ができており、私が来る前から岩を動かす事が出来ていたのがわかる。
しかも、土の匂いから今日が岩を動かし始めた日では無い。
私が来るよりももっと前からだ。
恐らくだが、彼女が稽古に来る前から居た隊士達よりも早くに、岩を動かせていた可能性もある。
「ハァ……ハァ……!!」
「……」
「これで……終わり!」
一町動かし終わったのか、地べたに座り込んで空を見上げながら大きく呼吸をしている。
悲鳴嶼さんが音も無く夏香の前に現れ、水を渡した。
何か喋っているが、ここまでは聞こえない。
「負けてられないな」
彼女を見習ってすぐに岩の方へと戻り、私も腕だけでは無く足腰を使って押していく。
岩は全くビクともしないが、こんな所で諦めていられる場合では無い。
「は〜……」
結局この日、私は岩を動かすことは出来なかった。
そして夜になり、夏香は名残惜しそうにしながら蛇柱邸に帰って行った。
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作者名:ゼパル | 作者ホームページ:http://uranai.nosv.org/u.php/hp/bf379540b81
作成日時:2023年8月24日 23時