49:居場所_3 ページ4
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冨岡さんの持っていた湯呑みが、ピキっと言う音を立てた。
「っ!」
一瞬気に触ってしまったのかと思って焦ったが、冷静になってみると冨岡さんから怒っている時の匂いはしない。
言葉にすると難しいが、寧ろさっきよりも、匂いが平穏な感じになっている。
「俺は……」
「……」
「……」
「…………」
冨岡さんが何も言わず、ピクリとも動かなくなった。
静寂に包まれたこの空間が怖い。
(冨岡さん、お願い……何か言って……?)
今日の冨岡さんは感情の起伏が激しいようで、どんどん悲しみと落ち込んでいる時の匂いに変化していく。
普段なら無表情なのに、今だけは哀愁漂う表情にすら見える。
「あ、あのっ……」
「A」
「は、はい!」
冨岡さんが覚悟を決めたような面持ちで、私の目を真っ直ぐ見つめてくる。
「遅れてしまったが俺も稽古に......」
(あっ)
彼の言葉を遮るように、私のお腹が盛大に情けない音を轟かせた。
「すみません……」
冨岡さんがふと笑い、表情が和らいだ。
「もうそんな時間か」
朝早くに出たからこそ、お昼時になる前に小腹が空いてしまった。
恥ずかしさと情けなさで涙が出そうになる。
「……A、食べに行くか?」
「はっ、はい、もちろんです!」
冨岡さんの思いがけない提案に、嬉しさで勢い良く返事してしまった。
これでは凄くお腹が減っている人のようで恥ずかしい。
「行くぞ」
冨岡さんに案内され辿り着いたのは普通の定食屋だった。
メニュー表に鮭大根が書かれており、彼の行きつけの店なのだとわかる。
「鮭大根とぶり大根、ご飯は……Aも大盛りでいいか?」
「はい!」
「ご飯大盛り、二つ」
真正面で向かい合いながら、冨岡さんが店員さんが持ってきてくれた水を飲み干した。
「……」
おしぼりで手を拭きながら、私の方をチラッと見てくる。
少し気まずそうに私の様子を伺っているようだが、私はいつも通りを心がけて座り続ける。
「はい、お待ち!」
店員さんが届けてくれたご飯を食べながら、ふと冨岡さんの方を見る。
「美味しいですね!」
私がそう言うと、彼の口元が緩み、微かな声量で「ああ、そうだな」と呟いた。
憑き物が落ちたような初めて見る彼の自然な笑顔に、今日の話は無駄じゃなかった気がして安心してしまった。
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作者名:ゼパル | 作者ホームページ:http://uranai.nosv.org/u.php/hp/bf379540b81
作成日時:2023年8月24日 23時