天ヶ瀬冬馬を知っている ページ1
「あ」
大きな瞳がまるで有り得ないものを見たかのように丸くなっている。濡れていつもより落ち着いた癖毛、ほんのりと香る雨の匂い、彼もまた唐突な悪天候の被害者なのだろう。「あの、傘を」彼は私の言葉にハッとした様子でレジ台の上に置いたビニール傘から手を離す。わるい、ぼそりと聞こえてきた声に小さく首を振る。たった一本、されど一本。新人といえどこのバイトを初めて既に2ヵ月、バーコードを通すのにここまで手が震える事などあっただろうか。否、彼だからだ。
人気アイドルユニットの天ヶ瀬冬馬。私の幼馴染の、天ヶ瀬冬馬。心の中で零して、嫌気がさす。そんな関係に縋り続けているのは自分だけだ。あの有名なプロダクションの社長に誘われて芸能界に足を踏み入れてから、一番近くにあった彼の背中はこんなにも遠くなってしまった。映像の中の彼も、街を歩けば至る所から聴こえてくる歌声も、昔からよく知っている筈なのに。ちぐはぐな想いを抱えたまますれ違った私達が、今ここにいる。
「髪、結べる長さまで伸ばしたんだな」
静かな声だった。伏せていた視線をようやく上げると、彼は真っ直ぐにこちらを見つめていた。
「……そういう天ヶ瀬くんも背、伸びたね」
我ながらぎこちない会話だったと思う。わざと主張するように吐いた彼の苗字は少しだけ物足りない気がしたけど、見て見ぬ振りをすする。そんな私に天ヶ瀬くんは口を開いて、かと思えば閉じて、何か言い淀んだ様子で私から視線を逸らす。
背が伸びた、なんて何と白々しい。昨日のライブにも一ヶ月前の公開ラジオにも足を運んで直接焼き付けた彼の姿が脳裏に過ぎる。私だけが、彼を知っていた。彼の中の私は鬱陶しいと肩から下まで髪を伸ばすことはしなかった昔の私のままなのだろう。そう思うと少しだけ、悔しかった。
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おむらいす(プロフ) - ふわふわさん» 読んで頂けただけでなく、そんな風に言って頂けて本当に本当に嬉しいです。とても、励みになりました。更新ペースは遅いですがまた立ち寄って読んで頂けたら幸いです。ありがとうございます！ (2018年3月25日 0時) (
レス) id: 64dc1c1c42 (このIDを非表示/違反報告)
ふわふわ(プロフ) - 素敵な作品に出会えて、とても嬉しいです。お身体に気をつけて、更新応援しております。 (2018年2月26日 17時) (レス) id: 3dcd01e362 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：おむらいす x他1人 | 作成日時：2017年10月24日 3時
