40.こぼれる ページ10
ジンバックがもうすぐなくなりそうになったころ松本さんがポツリ、と口を開いた。
「最初は、全部失ってもいいって思ってた」
松本さんの口調は淡々としている。
「でもやっぱり時間が経つにつれて、罪悪感に耐えられなくなることもあって。
どこかで終わらせないと、って思ってた」
いつか見た松本さんの苦しそうな顔を思い出す。
「お前が異動して弱音も吐かずに前向いて変わろうって努力してるの見て、気づいた。
変わりたかったのは、俺もだって」
「私はただ…必死で」
「この間は悪かったよ」
「え？」
「会議室で。
なかなか美波が受け入れようとしなくて、会社でもそんな話されて俺もちょっと折れそうになってた」
…そうだったんだ。
「まさかAに説教されると思わなかったけど」
「説教なんてしてません！」
片頬を上げて笑う。
「図星でつい八つ当たり、した」
「…気にしてません」
「悪かった、と、ありがとう」
松本さんの言葉にはいつも嘘がない。
松本さんがふうって息を吐いて、カウンターに突っ伏す。
「あー、全部話したら気が抜けて眠くなってきた」
「え⁈ちょ、松本さん」
「ちょっと寝る」
そう言うと本当に目を閉じて、スヤスヤ寝息をたて始めた。
それにしても整った顔だなあ。
通った鼻すじ、長いまつげ、彫刻みたい。
でもなんだか寝顔はいつもよりあどけなくて。
見ていると胸がきゅうってなった。
「好き、です」
聞こえないと分かっていても思わずこぼれた言葉。
自分にも他人にも厳しくて強くて、でも繊細で優しいこの人が。
私はやっぱり好きだ。
「あれ？潤、寝たの？」
いつの間にか戻ってきたマスターがカウンターの向こう側から覗き込む。
「あ…そうなんです。どうしましょう」
「いいよいいよ、俺んちすぐ裏だから起きなかったら連れて帰る」
「そうですか、よかった」
「でも珍しいな。こいつ酒強くて、滅多に酔いつぶれたりしないのに」
「たぶん…いろいろあったので」
「そうかもしれないけど珍しい」
マスターは私を見て笑った。
「あなたに心許してるんだね」
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 1316人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「嵐」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：つむ
| 作者ホームページ：
作成日時：2015年3月22日 18時
