59.いつも ページ29
肩を落としたまま、会社に戻る。
すぐに松本さんが近づいて来た。
「どうだった？」
私は黙って首を振った。
「私のミスです。
松本さんは生産量が落ちていたことを最初から懸念されていたのに、私が念を押して確認していなかったから」
「そんなことはどうでもいい。
無理なら無理で次の手を考えろ」
「でも……」
「製造が中止になったら他の材料も全てキャンセルだ。
会社としての損害も大きいし、お前が今まで頑張ってきたことが全部水の泡だぞ」
松本さんの言葉に、折れそうな心を必死に立て直す。
そうだ。
この新製品を作るのに、途方もない数の人達がすでに動いている。
食感にこだわるのは大事なことだけど、それより今できることを考えないと。
それからの数日間ほとんど寝ずに、何社も当たってバターを確保する為に奔走した。
だけど、今バターの品薄は業界でも問題になっていて、突然の大量発注を受け入れてくれる会社はなかなか見つからなかった。
誰もいなくなったオフィスで、うなだれる。
「やっぱり無理なのかな……」
そのまま机に突っ伏すと、急激に睡魔に襲われた。
ふ、と目を覚ますと。
肩に誰かがスーツをかけてくれていた。
この香り、知ってる。
一度だけ抱きしめられたことがある。
思わず席を立って走っていた。
松本さんに会いたかった。
怒られてもいいから、声が聞きたかった。
だけど、エントランスのところまで来ても、松本さんはいなくて。
二宮さんが、またガードレールに腰かけて足をぶらぶらさせていた。
「おっそい。残業？」
「二宮さん、いつからここにいたんですか？」
「いつだっけ？CMのイメージ動画作り直したから渡そうと思って。
メールしたんですけど」
「すみません、気づかなくって」
「誰追いかけてきたの？」
「え？」
「そんな顔して、誰追いかけてきたの？」
「…スーツの上着着てない人、ここを通りましたか？」
「上着……？ああ、15分くらい前かな。すげえ濃い顔のやつ通ったけど」
やっぱり松本さんだった。
厳しいことを言っても、怒っても、素っ気なくても、いつも見ていてくれるんだな。
心がじわっと暖かくなる。
「二宮さん。
実はちょっとバターの確保が難しい状況なんです」
「そーなの？CMどころじゃないね」
「でも、最後まであきらめないで頑張ってみます」
二宮さんが口角をきれいにあげて笑った。
「根性あるじゃん」
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作者名：つむ
| 作者ホームページ：
作成日時：2015年3月22日 18時
