あなたside ページ31
裕「…何を言うてるんよ」
隆平さんの、唐突な『頼み事』は、
食卓から、笑顔を取り去った。
でも、意味は分かった。
怖いんだよね。
昨日みたいに、
左手、暴走しちゃうんじゃないかって。
これまで、
麻痺のために、不便を抱えながらも、
残された機能を振り絞り、自力で乗り越えようとしてきた隆平さん。
それなのに、
今、唯一自由が利き、頼りにしているはずの左手を、拘束しろだなんて。
彼が、昨夜の出来事で受けたダメージの大きさを、
物語っているようだった。
す「溢してしもたら、拭けばええねん。昨日のやって、ホラ元通りやろ」
渋谷さんの言うように、
昨日、隆平さんが派手に散らかした料理も、割れた食器も、
床から、すっかり消えている。
だけど、
隆平さんの、罪悪感というフィルターを通して映された視界には、
その痕跡も、
未だ、生々しく、残っているのだろう。
…左手を封じることが、
彼の安心感に繋がるのであれば、
今は、それが正しい手段なのかもしれない。
そう思った私は、隆平さんの隣に席を移し、
そっと、左手に触れた。
隆「明里ちゃん…」
冷たく、汗ばんでる。
緊張してる証。
そんな状態で、怯えながら食べたって、
楽しくも美味しくも、ないじゃない。
明里「左手が動かせなきゃいいのよね…」
私は、手に力を込めた後、戸惑い気味の隆平さんの顔を、見上げ、
笑いかけて見せた。
明里「私が押さえておく」
隆平さんの、大きくて男らしい手。
産まれてからずっと、隆平さんの意思と繋がって、動いてきた手。
昨日は、思わぬ出来事で、
その伝達に、ちょっとしたエラーが起きてしまっただけ。
だから、
紐で拘束なんて、そんな残酷な手段。
隆平さんが許せても、私は許さない。
信「せやな、それで大丈夫やん。なあ？」
しばらくして、村上さんがうなずいて、周りにも同意を求め始めた。
す「愛しの明里ちゃん♡とも手繋げるし、一石二鳥やんけ」
向かいに座った渋谷さんが、からかうようにフォークを向けてくる。
忠「マルちゃん、食べようや！これ美味いでえ」
大倉さんは、隆平さんのフォークを手にし、
パスタをくるくると、一口サイズに丸めた。
それが、遠慮がちに開かれた唇の向こうへと運ばれていくと…
隆「おいしい」
いつもより控えめな咀嚼だけれど、
可愛いモグまるちゃんが、現れた。
残念ながら、口周りのオプションは付かなかったけどね←
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作者名：太陽丸 | 作成日時：2018年9月9日 8時
