しんどい ページ44
( けんしろー
劇場の楽屋に入ると真っ先に目についたのはあいつの姿だった。
俺が今一番どう接していいかわからないあいつは、水田を含めた数人で話をしているところだった。
手にはちゃっかり、向かいのカフェの紙カップ。
そうか、今週東京に来ると聞いていたけれど、今日からか...。
最近格段に仕事の場が広がった後輩の活躍を嬉しく思いつつ、仕事を離れたひとりの男としては辟易してしまう。
そのカップが、俺にとってはやけに目立って見えるし。
よからぬ想像を掻き立てられてモヤモヤ、イライラ、止まらない。
「あ、けんしろー」
俺を見つけた水田が声を上げ、水田と一緒に輪を成していた数人が一斉に振り返って俺を見る。
仕方がないので俺もそちらへ近寄り、輪を見渡すように視線を向けたところで、リリーと目が合った。
「おはようございます」
「おはよ」
笑顔で見上げられ、同じように笑顔で返す。
気持ちを悟られないように振る舞うのは、もはや俺の得意技のようなものだった。
人の出入りの多い楽屋では、座れる椅子の数に限りがあり、毎回椅子取りゲームみたいになる。
幸か不幸か、輪の近くの鏡の前に空席をひとつ見つけた。
一瞬躊躇ったものの、わざわざ他に探す面倒さに負けて、結局はそこに陣取ることにした。
「賢志郎さん、こないだラジオで言ってたことなんすけど、」
輪の中からひとりの後輩が俺に向けて話しかけてきた。
「なに、聞いてくれたん？」
「俺の彼女が賢志郎さんのファンなんでー」
「お、ありがとう。で？」
「あ、そうそう。そのラジオで...」
ほら。
こうやって会話に混ざる形になってしまうから、ここに座るのを迷ったのだ。
結局輪の中に入らざるを得なくなって、必然的にリリーとの距離が近づく。
何も知らずに俺を見て微笑むその顔を、直視できずに横目にするだけしかなくて。
早く出番がきてしまえばいいのになぁ。
そう思っているときだった。
不意に、鏡の前に置いてあった誰かの飲みかけのペットボトルが小刻みに揺れ出した。
.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 236人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「芸人」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
えむ(プロフ) - ハンナさん» ハンナ様、コメントありがとうございます！甘いかどうか気になっていたので、そう言っていただけて安心しました！#3も楽しんでいただけるようがんばりますね^_^ (2021年4月15日 23時) (
レス) id: 811416b436 (このIDを非表示/違反報告)
ハンナ(プロフ) - 甘いー…甘くてステキなお話をいつもありがとうございます… 楽しみで楽しみで終わってほしくない…！です (2021年4月15日 1時) (レス) id: 9d1b7de85f (このIDを非表示/違反報告)
えむ(プロフ) - ゆずさん» ゆず様、いつもありがとうございます！^_^ (2021年4月4日 18時) (レス) id: 811416b436 (このIDを非表示/違反報告)
ゆず(プロフ) - あぁどうなるでんしょう…いつもドキドキしながら読ませてもらっています！ (2021年4月3日 15時) (レス) id: f338c2e715 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：えむ | 作成日時：2021年3月20日 23時
