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中学三年生の春、両親は離婚した。
父親は、優しかった。厳しい母親とは対照的に好きなことを何でもさせてくれていたし、帰りが早い火曜日の夜にはいつも私が大好きなケーキを買ってきてくれた。でもその甘さは自分にも同様で、酒と煙草と女を手放せないだらしない人だった。母親が愛想を尽かしたのも当然だと思う。それでも、私のことまで置いていってしまうなんて。
思春期の中間地点にいた私にとって、それらの境遇はあまりにも残酷で受け入れがたいものだった。そしてその事は私の心に一生解けない呪縛をかけた。
大好きだった火曜日は、もうどこにも無い。
真っ黒で無機質な扉。この向こうには、馬鹿みたいな現実が詰まっている。それでも私が生きていくためには、そこを開けるしかない。
「お前、最近帰りおせーじゃねぇか」
消えた電気に息をついて素早く階段へと向かおうとした時、首根っこを掴まれ驚く間も無く後ろに倒されてしまう。
逃げる隙を与えず、目を赤くした化物が私に覆い被さる。その現実から逃げるように、ぎゅっと目を瞑って手のひらに力を込める。フローリングの冷たさや荒い息は、全部知らないフリをしよう。
「俺を避けてんのか？」
今日の帰り道、公園で涼くんとソーダを飲んだ。
しゅわしゅわとした炭酸が口の中で弾けて、火照った体にキンと冷たい液体が流れる感覚を思い出す。「最高だね」って幸せそうに笑った涼くんと、肩が触れ合う。
「馬鹿じゃねぇの？どう頑張ったって無理だよ。
だって俺達、家族だからな。」
硬くてザラザラとした手がお腹に触れた。
涼くんの笑顔は瞬時に分散して、代わりに大嫌いな声が耳に直接届く。全身に鳥肌が立って、身体が震える。
家族って、なんだ。
真っ白なケーキの箱を手に持って優しく明るく笑っていた人は、私に無理矢理跨って必死に身体を動かしていた。私が涙を流せば、それに応じるみたいに拳を下ろす。
私には、家族なんて、いない。
「っどうせお前はもう、無理だよ」
「綺麗だよ」
涼くんの声が頭の中で木霊する。綺麗？
ううん。ちっとも、綺麗じゃ無い。
汚い。私はもう、汚れてしまったんだ。
涙が枯れてしまうまで落ちて落ちて落ち切った先に待ち構えていたのは、地獄だった。這い上がる気など、もう湧いてこない。
それなのにどうしてか、あの綺麗な目が脳裏に浮かんだ。
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作者名：菜 | 作成日時：2019年9月1日 4時
