10 罪を憎まず、人を愛せと(上) ページ12
そんなこんなで、今私たちは暗い倉庫の中、押し込められた木箱に腰掛け虎を待ち構えていた。
敦君が虎に狙われているのなら囮に最適だ、という太宰さんの一言から連れてこられたわけですが。
私は囮としてじゃなくて、監視の意味で連れてこられた感じだろうなこれ。
ま、どちらにしろ私が断る道理はなく、彼の提案を二つ返事で承諾した。
敦君ははじめこそ同行を拒んでいたものの、協力報酬の値段に見事に釣り上げられた。
私は報酬の件は丁重にお断りした。
…お金、困ってないので。
「…本当にここに現れるんですか?」
「本当だよ。…心配はいらない」
完全自. 殺 と表紙に書かれた本を閉じて、「それにね」と太宰さんは続けた。
「虎が現れても私の敵じゃないよ。こう見えても『武装探偵社』の一隅だ」
『わぁ、頼もしい。着いてきた手前云うのもあれなんですけど、私運動はからっきしなので、虎が現れた際にはよろしくお願いしますよ』
「うふふ。任せ給えよ」
ま、虎は既に私の隣にいるんですけどね。
「はは、凄いですね、自信のある人は。僕なんか孤児院でもずっと『駄目な奴』って言われてて──そのうえ今日の寝床も、明日の食い扶持も知れない身で…」
膝を折り曲げ、顔を俯かせる敦君の言葉を私も、太宰さんもただ黙って聞いていた。
くぐもった小さな声が、静かな倉庫内に虚しく響く。
「こんな奴がどこで野垂れ死んだって…。いや、いっそ喰われて死んだほうが───」
『敦君、敦君!』
木箱から飛び降り、敦君の前まで近寄る。
敦君は弱々しく顔を上げた。
『私はね、人間が大好き!どんな人間の命も美しいと思うし、どんな人生を歩んでいたとしても、好きなことには変わりないし。なんだったらそんなことはどうでもいいとさえ思ってるね』
「…どんな人生でも?」
今の敦君の表情を端的に表すのならポカン、だろうか。
それともキョトンかもしれない。
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作者名:砂上 | 作成日時:2023年3月21日 18時