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「そんなところで立って何してるの？ほら、早く入って」
「あ、うん……」
母に手を取られて家の中へと引っ張られる。靴を綺麗に揃えようとしても「後でミヨンさんがやってくれるから」と、そのまま連れていかれる。
久しぶりに会った母は、随分丸くなったようだった。見た目もそうだけれど、昔は靴を出したままやバラバラにしていると「靴はきちんと揃えなさい」と叱るような人だった。よく近所の人や母を知る人に若くて綺麗ね、と言われることがあったけど、今の母は年相応で、少しだけ太ったような気がする。
「ミヨンさんから帰って来ないって聞いてたから……嬉しいわ、帰ってきてくれて。久しぶりね、A。本当に……凄く、綺麗になったね」
知らない間に、母の身長を抜かしていたみたいで、母は腕を伸ばして私の頭を優しく撫でては、ゆっくりと抱きしめたのだった。
棒立ちのまま、母に背中を撫でられて「大きくなったね」と言われて涙が出そうだった。もっと早く、もっと私が幼い時にそうしてほしかったのに。今じゃなくて、もっと、もっともっと昔に、そうしてくれれば良かったのに。
涙がこぼれないように自分の拳を握りしめて何とか堪えた。母は、離れてから寂しそうな顔をしていたけど、私はそれに何も声をかけられなかった。
「今日はAが帰るって言うから、料理、久しぶりにしようと思って……」
「……カレー」
「そう、A私の作るカレーが好きって言ってくれてたでしょう？」
母は、何も分かっていない。
確かに私が好きなものは何かと聞かれた時「お母さんの作るカレー」と答えていたけど、母がそればかり用意していたからで。カレーとシチューは沢山作っておけば何日かで食べられるし、時間のない母でもすぐに作れるから、私が気を遣って「何食べたい？」と聞かれたときにカレーがいいと言ったのだ。
私がカレーがいいと言えば、母は「Aはカレーが本当に好きね」と笑っていうから、それが嬉しくて、別に一番好きな食べ物だと言うわけじゃないのに好きだと言っていたのだ。まだ小学生になったばかりの女の子が、母の様子を伺って、母に好かれたくてついた、小さな嘘。
「……お母さん、お父さんってどこにいるの」
私が話を逸らしたからか母は少し動揺したようだったけど、書斎にいると言ってくれたから、長い廊下を歩いて、父がいるであろう書斎に向かったのだった。
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作者名：さくらんぼ
| 作成日時：2024年2月17日 18時
