月は、上りて 参【煉獄杏寿郎】

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Aが煉獄を名前で呼ばないのには理由ある。
勿論、気恥ずかしいというのが一番だ。けれど……


「(周りはどう思うのかな…柱と、一般隊士…)」


鬼殺隊に入って数ヵ月もすれば煉獄の評判は耳に入ってくる。
柱の中でも兄貴分で社交性もあり、見惚れるほどの強さ。決して己を甘やかさずそれでいて厳しくも優しい言葉をかけてくれる。

男隊士からは尊敬の念、そして女隊士からは尊敬と……恋慕の念を多く寄せられている。
煉獄を名前呼びすることは即ち特別な関係になったと知らしめるようなもの。…周囲は噂をたて、釣り合わないと囁くだろう。


「…その、せめて皆がいるところでは…」

「周囲の目が気になるか？」


Aの心を見透かしたように煉獄が言った。


「……はい」

「俺と恋仲となったことを知られるのは嫌か？」

「ち、違います……ただ……私は階級もまだ上とは言えない一般隊士です。そんな私と煉獄さんが恋仲だと知られれば、煉獄さんの、価値が下がって……」

「そんなもの気にする必要はない！」


Aの言葉を遮って煉獄ははっきりと言った。


「人を好きになる基準に、階級云々など含まれていない！俺は君が癸だろうと柱だろうと好きになっていたぞ。周りの目など気にせず堂々としていなさい。君は俺の命を救ってくれた恩人でもあるんだ、何も引け目を感じる必要はない！」


真っ直ぐとAを見つめるとAの頭をポンポンと撫でた。



「……煉獄さんが何か言われるのは嫌です」

「心配無用！何を言われようと俺が君を好きなのは永遠に変わらない！そもそもそんな下らぬ文句をつけてくる者など眼中にない！」



Aが何か言えば、それをバッサリと切り捨てて反論してくる。それを繰り返しているうちに段々と悩んでいたことがどうでも良くなってきた。
だって、結局煉獄の言いたいことは「Aを好きだ」という一点に集約されているから。



「……………」

「どうした？もう終わりか？他に不安なことはないのか？」

「………ないです」

「なら終いだな！さぁ、今日から俺のことは名前で呼んでくれ！」

「…杏寿郎さん」



観念してそっと呟けば、Aを抱き締める煉獄の腕に力が入った。


「好いた女性に名を呼ばれるのがこんなに嬉しいとは！」

「お、大袈裟です……」


「もっと呼んでくれ、この可愛らしい口で」

「っ……き、杏寿郎さん…」


唇を親指でなぞられ声をつまらせるA。
それでも大好きな恋人の名前を呼び続けた。

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