嘘も方便. ページ8
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暖かな風が部屋に舞い込む。
すっかり春も終わりに近づいたある日のこと。
「…A」
『何ですか?』
「これは一体どういう事だ」
『えっと……そういう事です』
蝶屋敷の一室にて。
丸椅子に座った義勇さんが、光の宿っていない目で私を見上げる。
「俺は蝶屋敷で鮭大根が食べれると聞いた」
『はい、今からアオイちゃんと一緒に作ってきます。出来上がったらお呼びしますから』
「…では何故、胡蝶は注射器を持っているのだろうか」
『それは、今日は年に一度の予防接種の日なので』
そう伝えると、義勇さんは口を開けたまま固まってしまった。
さて、もうお気付きかもしれないが、義勇さんは注射が大の苦手らしい。薬嫌いに加えて、何とも子供らしいというか…。
隙を見せるとすぐ逃げるそうなので、昨年に引き続きしのぶさんから付き添いという名の監視係を頼まれていたのだけど。
今まではどうしていたのか。
そんな小さな疑問を打ち明ければ、しのぶさんは笑顔で「鮭大根で釣ってました」と教えてくれて。
だから今回も、(若干)心を痛ませながら鮭大根を使って義勇さんを蝶屋敷へ引っ張って来たのだった。
「Aさん、お役目ご苦労様でした。
お昼のお手伝いまでお願いしてごめんなさいね」
『いえいえ、とんでもないです』
「先日の鬼狩りで負傷者が沢山出てしまって、アオイや他の子だけでは手が足りず困っていたんです…」
『お困りの時はいつでも呼んで下さいね。
私に出来ることなら何でもしますので』
「まぁ、心強いです!
冨岡さんはいいですね〜、こんな優しい方が傍に居てくれて」
「……」
『…それじゃあ、あとはお願いします』
ぺこりと頭を下げて。
未だ無表情の義勇さんを置いて、部屋をあとにした。
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作者名:Hana :*・ | 作成日時:2020年7月9日 17時