お菓子を作ることが好きな少女はバターの味を知らない

エピローグ ページ32

　その日は、随分美しいお月様が出ていた。


「それでは、この辺で」
「はい。お気をつけて」


　流石に女の子一人を夜道に歩かせるわけにはいかない。見送りは庭までにして貰った。

　……春が近づいて、少し枯れてしまった冬薔薇たち。小さく、ありがとうと告げる。この庭があったからこそ、僕は日々仕事に勤しむことが出来たのだ。

　一か月、僕は随分と変われたような気がした。と言っても、まだ変わっていない。

　これから変わる為に、まずは、祖父母の家に帰らなくちゃ。音沙汰なしに消えてしまったのだから、凄く心配しているだろう。


「……何だか、本当にお世話になっちゃったね」


　この少女には、沢山のやさしさと、沢山の励ましを貰った。
　なのに、出てくる言葉は、陳腐な感謝の言葉しか出せなくて。


「いいえ、それはこちらもです。Aさんが来てくれたから、私たち、また元の家族に戻れたのですから」


　そうびちゃんが微笑んだ。そして言う。


「私は、あなたの勇気を見ることは出来ないけれど。……応援していますから、どうか、良い報せを持って、また遊びに来てくださいね」

「……うん」


　次の満月の日には、また会える。ここで結んだ縁は、切れない。
　それまでに、僕は、良い報せを作れるように。
　名残惜しいけれど、その為には、この屋敷に少しの間だけ、さよならを。


「あ、ちょっと待ってください」


　突然、そうびちゃんがしゃがんで、薔薇を一輪切った。それを僕の手に渡す。


「枯れた白い薔薇の花言葉、ご存じありませんか？」


　手渡された、枯れ気味の白い薔薇の花言葉。
　ガーデニングに携わると、結構花言葉とかに興味を持って、図書館で調べたことがあった。特に薔薇には、色や蕾、果てや葉っぱまでに意味がある。しかも一つの薔薇に、多数の意味があったり。

　えーっと……確か、『潔白を失ったため死を望む』、だったかな？ ……そんなわけないだろ。多分、これはそうびちゃんのメッセージだ。もう一つ、別の花言葉があったはず。


　


　確か…………………………え？


　思いついたは思いついた。だが、それも違うのではないだろうかと思った。というか、ないだろう。いや、絶対。ない。うん。ない。そうびちゃんに限って……。

　思考が迷路化する。間違っている。というか、間違えであって欲しいと思っている最中、そうびちゃんは、「じゃあこれはどうですか？」と言った。

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