終 ページ41
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チチ、と小鳥の鳴き声が聞こえた。
己の意識が浮上していくのがわかる。
そうして、鬼舞辻無惨は何十年ぶりにその瞳をのぞかせたのだった。
部屋は薄暗く、窓を覆う布の外に太陽があるようである。
暫くぼうっとして、紙をめくる音に首を横に向ける。
するとそこには、愛しきやし娘が座って本を読んでいるのであった。
夢見心地で声も出せずいると、Aがふ、と顔を上げる。
そして無惨と目が合った瞬間、ガタ!と立ち上がった。
「エッ、アッ……エッ!?さっ、ちょ、ちょっと待ってて!」
ドタドタと騒がしく駆け去っていく娘に呆然としていると、間もなくドタドタが二つになって部屋に特攻してきた。
「親父!?」
朔久が猛突進から止まり切れず扉の縁に激突したが、構わずAは入ってくる。
半歩遅れて朔久も無惨に駆け寄った。
無惨は身体を動かせず、声も出ず、ただこどもたちを見やるばかり。
そんな父に対して双子も何から言えばいいか、口を開いては閉じるを繰り返した。
どうしよう。
話したいことがありすぎて。
待っていた時間が長すぎて。
やがてAがぎこちなく言う。
「お、おはようッ」
その言葉にも、無惨は瞬きをゆっくりすることしかできなかった。
それに気づいた朔久がAの背中をバシンと叩いて言う。
「おい、水。喉乾いたろ親父。今持ってくるから」
一人が行けばいいのに、双子は競うように部屋から出ていった。
ようやく頭の整理がついて、無惨は息をつく。
どうやら助かったらしかった。
それも、あの子らのおかげで。
己は生き延びた。
Aも、朔久も、生きている。
双子は今足音を騒がしくしなければ行動できず、こちらに向かってくる様子が容易に想像できた。
変わらんな、と思う。
朔久が見たこともない容器からAの持っているガラスの器に水を移す。
息子に身体を支えられながら無惨は身体を起こすと、水を差しだした娘の手を右手でそっと掴んだ。
そして、もう片方の手を頬に添える。
それは老人のように水分を失い、皴の多い手であった。
親指が目尻を撫でると、それは簡単に零れ落ちた。
「お。親父、起きてよかった」
「……」
「ずっと待ってたよ」
「……」
「し、し、……死んじゃうかと、思った」
それは生まれて千年。
初めて感じた情愛であったかもしれない。
ぼろぼろ涙をこぼす娘に、無惨は眩しいように目を細めた。
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作者名:にはろ | 作成日時:2021年5月24日 16時