Story In The Music 【短編集】

あなたの好きなところ F7 ページ13

.


雨が降りしきる球場。

「ん〜、今日はもう無理かなぁ」


ファイターズ側ベンチで誰かがボソッと話すのを、外から見えにくい奥の方で座りながらきいているトレーナーの私。


スタンドには試合を楽しみにしてくれていた沢山のファンたちがまだ雨の降る中残っていてくれるのに…、。


しかし、致し方ない。


選手たちが待機するベンチ内はわちゃわちゃとしていて雰囲気が明るい。

バックスクリーンを見れば両チームのベンチ内が抜かれている。


と、私たちのベンチの中で、首にかけたタオルで拭いたのかボサボサ頭の遥輝がバットを持って立ち上がった。


なに？今からこんな狭いところで素振り？


なんて、その様子を遠くから見つめていると、急になにやら滑稽な動きを始める遥輝。


話している内容なんて何も聞こえないが、翔さんや泰示さんたち皆の視線を集めて遥輝はたいそう嬉しそうで。


野球になればこの上ないほど真剣な顔で向き合うそんな様子とこれば誰しもが吸い込まれるほどかっこいい。


なのに、少々悪意のある誰かのモノマネをする姿とのギャップは私を愛おしくさせる。


遥輝は人当たりもよく誰からも好かれる程に人懐っこいお調子者で、基本なんでもやってこなす器用な人。


本当に私が彼女でいいのか、なんて何度考えたことか。


「A」


名前を呼ばれ、少し俯いていた顔を勢いよくあげると、いつの間にか目の前に来ていた遥輝。


「なに？どうしたの？」

「お前、服濡れたやろ？冷えるからこれ着とき」


と、差し出された “ 7 ” と入ったフードつきトレーナー。

それは、きちんとこだわりに畳まれていてやっぱり遥輝だなぁって。

礼で返事し、受け取って袖を通し、両腕を前に出せば、

「やっぱちんちくりんやな」


案の定ブカブカで袖から手が出てこない。

そんなこと分かっていたことなのにニタニタと笑う遥輝は意地悪の確信犯。


意地悪言うくせに、あの輪から抜けてまで私にトレーナーを渡しに来てくれた事実。


お節介だし、口うるさい。
でも、優しいしいつだって私を心配してくれる。


「風邪ひくからずっと着とけよ」


関西人特有のなんとも思ってないつんつん言葉で離れてゆこうとする遥輝の裾を咄嗟に掴んだ。


「ん？どしたん」


「ううん、好きだなーって」

ニヤっと笑って私の頭を撫で、いつの間にかまたもみんなからの視線を集めて喜んでいる。


はしゃぐ姿も、心配性も、こだわりも、笑った時の目尻も、右のえくぼも、全てが




「あなたの好きなところ」 / 西野カナ


.


推しなんです

描きたかったんです、箸休めです

作者より→←↓

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す