バラード第1番 lll

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相「A！」



黒いタキシードに身を包んだ彼は、机に使い込んだ楽譜を広げ、食い入るようにそれを見つめていた。

私を見つけて微笑んだその顔は、やはりどこかぎこちない。



「やっぱり緊張してた。笑」



小さい頃から本番前は落ち着かない彼。

声が上ずり、ぎこちなく笑う姿は、あの頃から変わっていない。



長い間忘れていたこの姿を思い出したのは、

つい最近、



相「わかる？笑」

「うん。いつもより1トーン声が高いもん。笑」



"落ち着かなくて"と笑う彼が広げていた楽譜を、そっと閉じる。



「いま楽譜見ても何も変わらないよ？
練習通りにやればいいだけ。」

相「ははっ、昔から言われること変わってないね、俺。笑」



緊張しいの彼と、正反対の私、

実技試験の時も、発表会の時も、コンクールの時も、このやり取りはお決まりで、



自分の出番では落ち着いている私も、
彼の演奏を聴く時はいつも私まで緊張していたことを覚えている。



相「でもAの顔見たら落ち着いてきた。」

「…うん。」

相「ありがとう。それ着て来てくれて、」



"やっぱり凄い似合ってる"と優しく微笑んだ彼は、

私の右手を取り、両手でギュッと握りしめながら目を閉じる。



相「……うん、これで大丈夫。」

「………」

相「やっぱりAの手は効果抜群。笑」



そう言って安心したように笑った彼のそれには、先程までのぎこちなさはなくなっていた。



相「終わったらロビーで待ってて。
また岩田さんにお願いしとくから。」

「うん。いつも通りに、ね？」

相「はい。笑」



楽屋を出れば、廊下には岩田さんが待っていてくれて、

"Aちゃんに来てもらえて良かった"と、彼女は嬉しそうに微笑んだ。









〜♪〜♪



ピアノ協奏曲第1番 変ロ短調
作品23 第一楽章
ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
(Pyotr Ilyich Tchaikovsky 1840-1893)



各部門で最も優秀な成績を残した者が出演するコンサート、

ピアノ部門の彼は、チャイコフスキーが初めて作曲したピアノ協奏曲を演奏した。



多勢の観客を前に、オーケストラを従えてピアノを弾く彼は、先程舞台裏で会った幼馴染とはまるで別人のようで、

堂々としたその演奏は、会場中の人を魅了していた。



ーーーVergangen…



＜僕の夢はピアニスト。Aは？＞

＜私も。＞

＜じゃあ大人になったら世界中を周ろうね、一緒に、＞



ーーー



夢を叶えた幼馴染を、いまは素直に誇りに思う、

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