【∞】腐の塊【鯨人】 (ページ34)

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黒紫ページ34

リーマン×カフェ店員

「別れて、ほしいの」

鼻をすすりながらそう言われて俺はええよ、と一言だけ返した。別に別れたかった訳じゃないが別れたくなかった訳でもない。ただ、その人に興味がなかっただけ

千円札をテーブルの上に置いてカフェを出た。

待って、なんて声も聞こえたけど、聞こえないふりをした。

数日後、会社の後輩が行きたいと行ってまたあのカフェに寄った。時間が遅い割に店内はほぼ満員だった。

「いらっしゃいませ」

ご注文はお決まりでしょうか、と決まり文句を言う店員さんは、八重歯とかわいい目が特徴的だった。その目から俺は目が離せなかった。

「落とし物ですよ」

あのあと後輩と仕事の話をしてしばらくたってから解散した。もう四月なのにまだ寒いなと思いながら駅までの道のりを歩いていると、後ろから声をかけられた。

「…店員さん」

あまりオシャレと言えない服を着る、あの目が特徴的な店員さんがそこに立っていた。

「あ、覚えててくれてましたか？」
「…目、が。」
「め？」
「……なんでもないです」

なにを言おうとしたんだ、俺は。とりあえず落とし物の定期を拾ってくれたことにお礼を言い、足を動かす。そこにまた声をかけられた。

「おにいさん」
「…はい」
「……男に興味はないですか？」

目が潤って、熱を帯びて、少し、気がおかしくなったのかも知れない。細身の割に筋肉質なその腕を取って近くのホテルに入った。

そこで俺たちはカラダを交えた。

「おにーさーん」
「……横山です」
「横山さーん」
「…はい」
「……また、カフェに寄ってくださいね」

さっきまでベッドに横たわっていたと思ったらもう服を着て立ち上がっていた。じゃあ、と言ってホテルから出る店員さんの背中を見て、その場から動けなかった。

それから数ヵ月後。あのカフェに寄る予定もなく、会社に行って働いての繰り返しだった。もうあの人のことも忘れかけていたというときに、また同じ後輩からあのカフェに行こうと誘われた。

あの人を思いだし、熱がカラダを巡る。行こうか、と出した声は少し震えていただろうか。なんだか不思議な気分だ。あの人が頭から離れない。離れてくれない。カフェにつくとあの人と目があった。その瞬間、ぶわぁっと熱が籠る。

ただ、なんとなく。
俺はあの人から抜け出せないと悟った。
それが恋や愛ということに気付くまでには、あと少しだけかかりそうだ。

-END-