無理する。 ページ4
どう……しよう。
いや、どうしようもないし。どうにもしなくていいんだけど。
たまたま会って一緒に会社行くとか、いくらでも有り得ることなんだけど。
「……すみません。払いますから」
「いいよ、これくらい。会社で食べるんでしょ？」
「や……色々違うので。祖父のお土産というか」
「あ。そうなの？おじいちゃん思いなんだね。とにかくいいよ、これくらい」
……上司だし。たかだか百いくらのことだし。
ここでぎゃーぎゃームキになるのも、かえって意識し過ぎ……だよね。
「じゃぁ遠慮なく」
「うん」
バッグに渡されたべーをそっと入れると、スマホがちょうど震えて。
……翔？
咄嗟に、そう思った。
きっと……そうであって欲しいって……思ったから。
「A。あのさ、」
「すみません！ちょっと。電話なんで！」
同じ歩幅だった。それは慣れた距離感だった。
それを……私は止めて。
彼も止まって私を見たけれど。私はスマホをタップしながら、楽しそうに喋った。
「もしもし？おはよ！今日、会えなくて残念だなぁ」
……本当に。残念なんだよ。……本当に。
だけど。今は、そこに嘘と演技と色んな無理な感情が入っちゃって。
こういうの嫌なのに。自分の感情を中途半端に利用して……嫌なのに……
彼はまだ私を見たままで、そこに居るから。
私はそうやって……無理に喋るしかなかった。
『おぉー朝から元気だな。まぁ別に用は無いけど。今、待ちだから』
「さっきね、ベイク買った！うちのじーちゃんが好きでさー」
『へぇ、大野さんの？あれウマイよな、いい感じに溶けないし』
「うん。私も大好き。今日はそれをツマミに晩酌しようかと」
『は？じーちゃん、チョコつまみに日本酒飲むの？』
「うん！オシャレでしょ、なかなか」
『ははははっ！それすげーな。あのお歳で？へぇー』
翔と話すの、本当に楽しいのに。
この笑い声、ずっと聞いていたいのに。
私は喋りながら“どうぞ先行ってください”の意を込めて頭を下げた。
ほとんど頭に入ってこない翔の会話にウンウンーなんて頷きながら、反対側を向いた。
……早く。先に行ってよ……もう。
「っ、ちょ！なっ、」
でも突然、腕を掴まれていた。
私は、耳から無理に離されたスマホを落としそうになって。
そっちに気をとられているうちに……
「あとで話がしたい」
「っ……え？」
彼のその一言だけが耳に残ったまま。
その背中を、見つめるしか無かった。
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作者名：みつな | 作者ホームページ：
作成日時：2015年11月30日 23時
