四十話 ページ40
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病院から、どうやって来たのだろう、松葉杖をついた、痛々しい足。
「なんで、ゆづくん」
おぼつかない足取りでこっちに向かってこようとするから駆け寄ってそれを止める。
「よかった、まにあって。病院行きになったあと、なんでAがこっちのリンクにいたんだろうって不思議に思って」
Aのコーチに聞いたんだ。なんて言ってわたしのおでこを弾いた。
「いった!!なにするの赤くなっちゃうじゃない!」
おでこをさすりながら言った。見に来てくれたお礼も素直に言えないだなんて、なんて性格の悪い女だろう。
目の縁にたまった泣いたはずの涙はびっくりした拍子に奥に引っ込んだ。
「リンクの上では僕のことだけ考えて。僕のぶんまで滑ってくれるんでしょ??」
「うっ…」
あの時は、気持ちが熱くなってて。だけど今はきちんと完璧に踊れる自信なんてない。
「いいんだよ。結果とか優劣とかなんて気にしなくていい。素直に自分の思いを乗せて滑ればいい」
「とか言いつつ今さっき自分のこと考えろって言ったじゃん!半強制的だったじゃん!!」
「だって、いつだってそうだったでしょ??」
え。一瞬にして顔が火照る。全身が燃えるように熱い。彼のいたずらっ子のような笑顔が視線の端で見えた。
バレている、多分彼には全て。わたしのゆづくんへの想い。
なんで、いつから、頭がぐるぐるして彼の顔を見れないでいると、ふと、首元に何かつけられる。
「これ…いつも…」
「そう。いつも、僕がつけてたチョーカー」
今日は、これを僕の代わりに表彰台へ連れてって。
彼の首はわたしより一回り大きい。ちょっと不恰好だけど、わたしにはお似合いだ。破れたスカートと、ブカブカのチョーカー。そしてそれを身にまとうわたし。
うん。そううなづいて、スピーカーの選手紹介に合わせてリンクに上がる。なんだか最高に気分が高揚している自分を感じる。いまなら、ジャンプ何回でも飛べそう。
もう怖いものなんてない。この会場には、観客も、スタッフもいない。わたしと、ゆづくん、そしてまるでついさっき整氷したばかりのように白くつやつやと光る氷だけ。それだけしか今ここにはない。それだけで、わたしは構わない。
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ゆうちょ(プロフ) - マイさん» マイさんありがとうございます。単なるわたしの妄想ですが、楽しんでくださるとわたしも嬉しいです。ありがとうございます!! (2018年3月1日 23時) (レス) id: edceaa7f0e (このIDを非表示/違反報告)
マイ - 続きがきになって仕方ないです!!大好きです!更新楽しみにしてます(^^) (2018年3月1日 11時) (レス) id: 1b207efc07 (このIDを非表示/違反報告)
ゆうちょ(プロフ) - 莉樹さん» ご指摘ありがとうございます。訂正させていただきます。ありがとうございます! (2018年2月26日 21時) (レス) id: edceaa7f0e (このIDを非表示/違反報告)
莉樹(プロフ) - 結弦のお名前をひらがな表記の場合には、つに濁点の方だと思います!次の更新を楽しみにしています。 (2018年2月26日 21時) (レス) id: e903c9ed29 (このIDを非表示/違反報告)
ゆうちょ(プロフ) - 美紀さん» コメントありがとうございます。拙い文章ではありますが、羽生選手の素晴らしさを精一杯文章にしていきます、頑張ります! (2018年2月26日 20時) (レス) id: edceaa7f0e (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ゆうちょ | 作成日時:2018年2月26日 0時