🦊瞳をとじて ページ8
眠りから目覚めるとカーテンを開けて朝日を浴びる。朝一番の光に耐えられなくてまた目を閉じる。そして隣にいる愛しい人に挨拶をする。
これが僕の朝のルーティンだ。
僕はあまり太陽が好きではない。でもAが空を見るのが好きだったから、カーテンを開ける習慣ができた。
僕の彼女は3年前に交通事故で亡くなってしまった。
酔っ払ったジジイに撥ねられて、即死だった。
運転手も事故が起きた数時間後に亡くなったため、僕のこの怒りや悲しみをどこにぶつけたらいいのかわからないまま3年の時が過ぎてしまった。
僕はまだあの日から進めていない。
Aがいないこの世界を受け入れることは到底難しいことだ。あの日も笑って｢いってきます｣と言ってくれたのに。
Aが恋しくなって目を閉じる。
するとすぐに瞼のスクリーンにAが映る。
映画を見て泣いている顔、ゲームで負けて悔しがっている顔、おねだりする時の顔、僕にお気に入りのお菓子を取られて拗ねている顔、僕が言うこと聞かなくて怒っている時の顔、寝ている時の顔、僕だけが見れるとびきりの笑顔。
どれも昨日のことのように鮮明に思い出せる。
ふと目を開けると、僕の記憶にないAの姿が映し出された。
｢A…？Aなの？｣
｢ふふ、久しぶりだね。急にいなくなっちゃてごめんね｣
｢Aっ、…会いたかった｣
｢私もだよ。…私がいなくなってから、ちゃんとごはんたべてる？ダメだよ、ちゃんと食べて｣
｢私がいなくて寂しいと思うけど、私はイエナが夢を叶えて幸せに暮らしているところが見たいよ｣
これが現実かどうかなんてわからない。でもAが目の前にいるのが嬉しくて嬉しくて、枯れたと思っていた涙が溢れ出る。嗚咽でAとの会話がまともにできない。
｢泣きすぎじゃない？イエナってそんなに泣き虫だったっけ｣
｢…っ嬉しくてっ｣
｢イエナ｣
Aがこちらに近づいて僕の顔に体温のない手を添える。ゆっくりと顔が近づいて唇が触れた。
｢私はもう行くね。イエナはイエナの人生を真っ当に生きてね。ずっと愛してるよ｣
｢A会いに来てくれてありがとう。愛してるよ｣
僕たちはもう一度キスをした。するとキラキラと流れ星のように消えた。
今日Aに会えたことで僕はやっと前に進める気がする。
明日からはきっと世界も色付いて見えるだろう。
そんな期待を抱き、僕は眠りについた。
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作者名：むち | 作成日時：2024年2月13日 23時
