【スタレ】『開拓日記』 (ページ36)

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「……A?」

『ん、どうかした?』

名前を呼ばれた彼女が上半身を軽く此方へ傾けて、何事か問うて来た。それに対して、メニューを指差して答える。

「ここに、君の名前があったから」

『…あー！そういえば、そんなのもあったね！…飲んでみる?』

彼女の名前を冠したカクテルか。何となく予想はつきそうな味だが、少し興味はある。特に身体に異常も無さそうだし、2杯程度なら酔い潰れることも無いだろう。

「あぁ、是非」

そう言って彼女の提案に乗れば、『分かった。ちょっと待っててね』と、彼女はどこか照れた様に微笑んだ。

わざわざ彼女の名の付いたカクテルをメニューに入れているぐらいだ＿＿ここのオーナーは随分と彼女に好感を抱いていると言える。

確かに、彼女は魅力的な存在だ。もちろん「星核」であることが1番の理由ではある。だが＿いや、だからこそ、器に成り立ての彼女には、目を離してはいけない危うさと、不自由を知らない子供の様な無垢さを感じさせられる。

外見はともすれば成人女性に近いように思えるが、中身はまだ幼気な少女のようで。

その矛盾と言える部分＿噛み合わなさが返って興味を唆られる…というより、そういったところに振り回されている気がする点は否めない。

彼女が真剣にカクテル作りをする様を眺めながら、周りに人がいない事をいいことに、ふ、と笑顔の仮面を取り去る。

バーに訪れ、カクテルに異常が無いことを察した時点で＿一杯飲み終えて少し気分が落ち着いた時点で。ここに長居する意味は無くなった。

目的を成したなら、一刻も早く去るべきだ。

ここで彼女と話して、カクテルを飲んで…こんな事をしたところで、カンパニーの立ち位置や現状が打開できるわけではない。

時間を無為に潰すべきでは無いことも、己の為(な)すべき事も分かっている。

…だが、だからこそ、この時だけは。今だけは＿＿後に起こす余興までの、この本の少しの幕間を享受させて欲しい、と切に願う。