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そうだよね、私悪くないよね、と開き直りかけて、ある推測に行き当たる。
…もしかして。
『貴方も覚えてないんじゃない?』
「うん?何の事かな」
『私の名前、覚えてないんじゃないかなって』
「僕って、人の名前も忘れるような__そんな不誠実そうな奴に見える?」
『うん』と間髪入れず頷けば、彼は今日一の笑い声を上げた。
「はは、即答だね!けど、お生憎様。これでも一応商人をやってる身だ。取引相手の身辺調査は徹底するし、情報収集を欠かした事も無い。…そういう奴が、その取引相手の名前を忘れる、なんて初歩的なミス__犯すと思うかい?」
瞬きを1つして、その珍しい色の虹彩を持つ瞳を真っ直ぐ向けてくる。揺らぎのないその強い眼差しは、確たる自信を感じさせた。
『…も、もしかしたら、あるかもしれないでしょ?』
「んー…残念だけど、少なくとも僕はした事無いかな」
堂々と言ってのける彼に、それならばと口を開く。
『じゃあ、呼んでよ。私の名前は「マイフレンド」でも、「お嬢ちゃん」でも、「星核ちゃん」でも無いもん』
眉間に皺を寄せ、ム、と彼を睨めば、彼は一瞬目を点にして、それからクスクスと笑った。
「君、結構気にしてたんだ?その呼ばれ方」
『…別にマイフレンドって呼び方自体は嫌いじゃないけど』
「なら良かった。でも、今後は気を付けるよ。…それにしても、まさか君に名前を呼んで欲しいなんて頼まれるなんてね」
なんだか含みのある言い方が、妙に引っかかる。
『頼みっていうか…え、何か交換条件とかある感じ?やっぱ良いです、私の名前呼ばないで大丈夫です』
「あはは、少し警戒し過ぎじゃないかな。名を呼ぶ程度の事に、見返りを求めたりしないよ。それに今後とも縁は続くだろうからね」
そう言って、彼はそっと耳元に顔を近づけ、囁いた。
「__A、次会う時にはちゃんと僕の名前、覚えておいてくれよ」
そのまま、ス、と彼が横切り、ヒラリと宙に紙切れが舞う。それを目で追って手で掴まえれば、それは「アベンチュリン」の名刺だった。
手元の名刺から視線を戻し、辺りを見渡したが、もうそこに彼の姿は無かった。
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作者名:シメ | 作者ホームページ:http://uranai.nosv.org/u.php/hp/b78ff5dd8c1/
作成日時:2024年2月1日 19時