ブランク【灰谷蘭】

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彼は慣れた手付きで一番高い部屋を選んだ。
此処は彼の庭。即ち、彼が一番この場所を良く知っている。


交わした言葉は名前と久しぶり、と言う挨拶。その後付き合ってと強引にタクシーに押し込まれ、無理に連れて来られたこの場所。それだけ。



9年前の私達は入ることを許されなかったこの場所は、所謂 “ そういうトコ ” だ。



もう9年もあれから経てばお互いそれなりに経験だって積んでいる。
私達はもう27歳だ。出会ったのは小学生の時………と言うことは恐ろしい程に歳を取った。



まだ私は、この人から当時のことについて何も語られていない。




「先、シャワー入る？」


「あ、えっと……いいよ、先。ご飯まだだからルームサービス頼んでいい？」


「嗚呼、悪い。」




そうして彼がシャワーを浴びるのを確認したと同時に、私はルームサービスを頼んだ。


運ばれて来る温かいパスタ。このタイミングで部屋を出なかったのは何故か。別に逃げようと思えば逃げられてはずだ。
それなのに、良くもまあ。



ただ美味しく此処で食事を摂る私が私らしくなくて、情けなかった。



彼の濡れた長い髪の毛を乾かしたのも昔の話で。
今はあの短髪に全くその当時の面影なんてないのに。



A、と呼ばれるだけで、あの頃の記憶が笑ってしまうくらいに蘇って来る。




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