ブランク【灰谷蘭】

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月曜日、出社した私は今が一番忙しいことをまた痛感した。



でもこれは私が決めたことだし、この山場をなんとしても乗り越えたい。
この4年間で責任感はちゃんと身に付けた。この資料の山だって、見ていればどこか可愛らしく見えてくる。


……ってのはまあ、言い過ぎだね。




バタバタ動き回って、プレゼンの準備もして、資料作って。
忙しいけど、これくらいの方が私の性に合っている。


今が一番、そう思って何週間も乗り越えた。
今までの人生で一番、頑張った。




また夜も更けた時間、先に後輩を帰したこの会社には私しかいない。
今日は終電一本前で帰れる時間だ。私はシャットダウンのボタンを押して、パソコンをスリープさせる。


嗚呼、今日も良く働いた。早く帰ろう。
来週はプレゼンなんだから。


そんな、数ヶ月前の一夜の過ちなんて忘れていて、呑気に此処を出ようと思った時だった。




もう一度見ても見慣れない短髪、煙草の煙を静かに吐きながら、此方を見やるすらりと背の高い姿が見えて。

背筋が伸び、ヒールの音を私は意図的に止める。この間よりは人通りの多い時間帯のはずなのに、まるでこの世界には私たちしかいないかの様な、そんな。





「待ち伏せた甲斐があったな〜。」


「蘭、なんで……。」


「行くぞ。」





勿論、この状況を即座に理解出来るほど、私は頭の良い人間では無い。


今日は私達の隣を過ぎ行くタクシーでは無く、この間帰り際に見た、相変わらず車高の低い黒塗りの高級車の前に彼が立っている。

大きく鳴り響くエンジン音に、私は少し萎縮した。



そして今度はその車に引き込まれ、彼は私を隣に置いて車を走らせる。




「どうしたの、急に。」


「何となく？会いたくなったから。」


「……なにそれ、」


「良いだろ、理由なんてなんだってさ〜。」




あれ以降音沙汰無かったし、私から連絡する勇気も無かった。
結局一夜限りだった、そう私の中で終わらせていたはずだったのに。



車のスピードと共に、私の鼓動まで速くなる。
そんなことされたら、戻れなくなっちゃうよ。




＿＿＿＿「………A？」


蘭のせいで、遠くに聞こえる彼の声が聞こえなくなっていく。





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