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「…いつぶりの台所だ」
「そのレベルか…」
「最近長編の動画ばっか撮ってたから…ろくに食うもん食ってないんだよ」
「ううん…栄養満点ご飯にしてあげるからね…」
なんてふざけあいながら、てきぱきと支度を進めた。今回のメニューは、豚肉と玉ねぎの生姜焼きと、蓮根のきんぴら。どちらも、冷凍で保存できるレシピだ。食材を取り出して、それぞれよく洗う。玉ねぎの皮を剥いて、切り分けるための包丁を探していると、しゃけが声をかけてくれた。
「なにか探してる？」
「包丁どこにある？」
「ここ。足元開けるよ」
しゃけが足元にある扉を開けると、そこには当たり前のようにステンレス製の包丁があった。
「っ…！」
背中に嫌なものが伝うような感覚がして、思わず息を飲む。幸いしゃけにはバレていないようだ。平静を取り繕って、私は包丁を手に取った。
でも、やっぱりダメなものはダメで。
「…しゃけ、玉ねぎ切るのお願いしてもいい？」
「ん、はーい」
震えを必死で押えて、包丁をまな板の上に乗せる。そのまましゃけに任せて、調味料を探し始めた。
ト…ト…と、ゆっくり包丁がまな板に当たる音がする。久しぶりの料理で、しゃけも慎重に切っているのが伝わってきた。一定の感覚で聞こえていたその音が、彼の声でかき消されたのは、それからすぐのこと。
「…いって！」
「え！？」
急にあがった叫び声に驚いて、手に持っていた醤油のボトルを落としてしまう。慌てて拾い上げて立ち上がると、左の人差し指をもう片方の手で覆うしゃけと目が合った。
「しゃけっ…？」
「っあー…指切ったわ…」
その言葉を聞いて、私の心臓が痛いくらいに大きく動いた。ぎゅっと身体全体を握られているような感覚に陥る。
しゃけが手を離して、切り傷を見た。血が流れている。それは指を伝って、まな板まで落ちていた。
「いやっ…しゃけ、大丈夫…？」
「いってえけどまあ…これくらいなら別に…てか、Aの方が大丈夫か？」
「平気、へいきだもん…大丈夫、大丈夫だから怖くないから…っ！」
ひゅっ、と喉がなる。涙が頬を伝っていく感覚がする。あ、これ多分ダメなやつだ。そう思ったのを最後に、私の視界は暗転した。
「A！？」
私のことを呼ぶしゃけの声は聞こえたものの、それに応じられているだろうか。しゃけ、と声に出せたのか出せなかったのか、私には分からなかった。そしてそのまま、私は意識を手放した。
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作者名：ピースラワー | 作成日時：2024年4月14日 19時
