歪め。【宇髄天元】

溺れる ページ37

何がなんだか分かっていなかった。

どうしてAが泣いているのかも。

理由を推察すれば、虫のいい妄想しかできないし
勘弁してほしいと思う。

『…怒らないでくれよ』

そっとAを抱きしめる。

「離してよ」

抵抗する腕に力は入っていない。


「お願い、離して」

泣きながら懇願されると、離したくなくなる。
かわりに髪を撫でる。

「ごめん、本当にごめん。私が悪かったの」

『あ…？』

突然謝られる。

いや、お前は何もしてないだろ、と言うとまた泣きじゃくり始める。

「ちゃんと、好きって言えなかった。なのに、ずっと被害者ぶってたの。
宇髄くんも同じ気持ちだったのに、自分ばっかり傷ついてると思ってた」

あぁ、そういうことか。

『んなこと気にしねぇよ。泣きやめ泣きやめ』

背中を震わせながら、まだ俺の胸に顔を埋めているので
鼓動が速いことに気づかれていないか不安になる。

『このままでいいから、聞いて欲しいんだけどさ』


多分、気付かれてるよな。


『…本気で好きだ』

あの時も、今も。
なぜか分からないけれど、俺はかなりAが好きらしい。

突然姿を消したあの日、俺は全部失ったから。
腹も立ったし、泣きそうだったし、意味分かんねぇし。


けど、またAの顔を見た瞬間、今までのことなんてどうでも良くなってしまうくらいには俺は馬鹿だった。


それくらい惚れてた。


『焦って、順序間違えて、怒らせて、泣かせて。
自分でも、なんでこんなことしちまうかなって思ってた。
…今なら分かる。

大事なこと何も考えられないくらい、Aが好きだ』


そうだ、昨日から言おうとしてたことを思い出してきた。

『ごめんな、本当にそれだけだから』

口に出して言うだけで、気持ちは軽くなるものだ。

『見た感じ、Aもまだ俺のこと好きなんだと思うけど…』

「…っ」

Aの肩が小さく揺れる。
頭を上げようとするが、軽く制した。

『そう簡単なもんじゃねぇだろ、知ってる』

お互い好きだからやり直そう、なんてできるほど単純じゃない。

それくらいに、歪んでいる。


「…私は、やり直す気ないから」

顔を上げるなりそう言い出すので笑ってしまう。

「何笑ってるの」

『…やり直す気は、ねぇんだな』

眉をひそめるAに顔を近づける。


『じゃあ、全部無かったことにして、一から始めよう』

声を落として、至近距離で語りかける。
Aは蛇に睨まれた蛙のように動けない。

これでは脅しているみたいだ。

歪む→←潰れる

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す